第117話 大事な姉
ドルピッグ二体による八つ当たりから始まったバトルフェイズ。
最初に攻撃を仕掛けたのはサングラスをかけたドルピッグだ。
その魔物は口を開けると作り出した魔法陣から水の砲撃を放つ。
「ウォーターブレス」
激しい水流は瞬く間に敵対する勇者一行へと距離を詰める。狙いはヒナリータだ。
しかし、その攻撃は「させるか」と割って入ったレイモンドによって防がれる。
ただ、彼女も砲撃の威力に防戦一方のようだ。
そんな彼女の代わりにスピードアタッカーのゴエモンがドルピッグ達に切迫する。
砲撃を放つ隙だらけのドルピッグに攻撃を仕掛けたその瞬間、顔に傷があるもう片方のドルピッグが体につけた四輪を転がして突撃してきた。
「やらせるかオウオウ!――背びれナイフ」
ゴエモンによる二刀の斬撃は顔傷ドルピッグの刃のような背びれで受け止められてしまった。
とはいえ、状況的には一人に対し、一人が相手にしている状況。
その状況にゴエモンはニヤッと笑う。
「何も攻撃だけが能じゃないんだせ? こっちには数の利があるからな」
「しまった!?」
顔傷ドルピッグがゴエモンの真意に気付くも時すでに遅し。
砲撃を放つドルピッグの近くには既にナナシを肩に乗せたヒナリータとミュウリンが接近していた。
「くっ! ここは避難だ!」
砲撃していたドルピッグは砲撃を止めると、今度は真下に向かって<ウォーターブレス>を放つ。
その水流による勢いは瞬く間に魔物の肉体を空中へと打ち上げた。
「ハハハ! これで攻撃できまい.......ん?」
敵の挟撃を避けれてほくそ笑むドルピッグだったが、真下に見える敵の様子が何やらおかしいことに気付く。
敵である勇者達は空中に打ち上がった自分を少しだけ眺めたかと思うと、すぐにプイっと無視し始めたのだ。
そして、その勇者が向かう方向はゴエモンが足止めしている顔傷ドルピッグの方。
「え、ちょ、俺を無視するな!......相棒っ!」
「ん......え?」
顔傷ドルピッグが振り返った時には既に勇者達が迫っていた。
この時この魔物には勇者達の顔が死神にでも見えたのかもしれない。
結果、その魔物は四対一で袋叩きに遭い、すぐさま倒された。
「おいおい、よそ見は寂しいなァ」
「え?」
残り一匹となったドルピッグにもまもなく悲劇が訪れた。
相棒に意識が向いて目を離していた隙に、足元にはレイモンドがいるではないか。
彼女は剣を持った右腕をグルグルと回してかっ飛ばす気満々だ。
「嫌あああああぁぁぁぁ! ウォターブレス――あばばばばばばっ!?」
咄嗟に攻撃しようとしたドルピッグだが、直前にナナシから<びりり>が直撃し、行動不能のまま落下していく。
その状態で横からフルスイングされる木製のバットもとい剣。
「ぶっとべ!」
カッキーンと甲高い音はしないまでも幻聴はするかのような気持ち良い飛びっぷり。
空中を飛んでいくドルピッグは重戦士の一撃にHPを全て持っていかれたようで空中で粒子となって消えていった。
ドルピッグ達を倒したおかげでこの村にも平穏が訪れた。
すぐさま戦闘が始まったことでバトルフィールドから距離を取って様子を伺っていた精霊達が勇者一行に感謝を述べるために集まり始める。
そんな集団の中で三十センチほどの精霊が現れた。
杖もついていて、ヒゲも蓄えているのでこの村の村長であろう。
その精霊は空中をふよふよ飛びながら頭を下げる。
「助けていただきありがとございます。
ワシはビッグウォター村の村長をしておるソンチョウじゃ。
この村の精霊の中ではかなり歳を取っているでの。
村長でもソンチョウでも好きな方で呼ぶがよい」
そんなことを言う村長もといソンチョウ。もはや二択で呼ばせる意味など無い。
名前そのまんまやないか! と勇者一行も心の中でツッコんでいると、村長は何やらグチグチ言い始めた。
「あのドルピッグどもめ。性懲りもなく何度も来おって。
しかし、魔族め、ついにはこの世界にも侵略しに来るなどなんたる蛮行。
やはり彼奴らはこの世界に害をもたらす存在じゃな」
その言葉にレイモンドはミュウリンの様子をチラッと見ながら、あえてその言葉を真意を尋ねた。
「......先ほどの敵は魔族の仕業なのか?」
その質問に村長は途端に語気を強め、興奮した様子で言い返す。
「このような仕業をするなど魔族しかおらんじゃろ!
アイツらは神の眷属たるワシらがここにいるのが妬ましくて仕方ないのじゃ!
......しかし、妙じゃな。先程の魔族が作り出した敵を倒したというのに未だ気配が残っておる」
いなくなったはずのドルピッグ達と同じ気配がすることに首を傾げる村長。
周りにいる精霊達も八の字眉をして不安そうに話している。
そんな中で、堂々と手を挙げたのはミュウリンだった。
「それはボクのせいかもね。ボクが魔族だから」
「なっ!?」
ミュウリンの突然のカミングアウトに村長はおろか精霊全員が目を白黒させる。
この世界に進攻してきた魔族が作り出したであろう敵はおろか魔族そのものがいる。
それは村長達にとって極めて重大で大事件だった。
「た、確かにお主から感じる気配は魔族と同じ!?
加えて、有角種の獣人族や竜人族、鬼人族とも異なる禍々しい角の形状もまさにそう!
なぜ魔族がこの世界に入り込んでいる! まさか勇者様達は操られて――」
再び興奮した様子で早口で言葉を並べていく村長。
その精霊はミュウリンという魔族が勇者達を操ってこの世界に侵入したと思っているようだ。
しかし、そんな精霊の言葉を否定したのは勇者である。
「ミュウ姉は大事な仲間。ヒナ達は操られてなんかいない」
「しかし、現にワシらは襲われて――」
「それはありえない。仮に襲っていたとしたら助ける必要がないはず。
それにヒナ達は精霊王様からこの世界を救うために呼ばれた勇者。
精霊王様から認められた言葉は精霊王様の言葉も同じ。ミュウ姉は大丈夫」
ヒナが珍しく啖呵を切って反論する。
それほどまでにミュウリンを悪者扱いされたことが癪に触ったようだ。
そんな仲間を守る勇者の姿に「ヒナちゃん、ありがと~」と守られた姉も嬉しそうに笑った。
そして、最終的に勇者の主張が村長の意見を抑えたようで「勇者様の言葉を信じます」とこの村に滞在する許可が下りた。
村長に人間用の家に案内される道中、ゴエモンは最後尾を歩くミュウリンをチラッと見ると、歩幅を合わせて横に並んだ。
それから、聞いたのは先ほどの彼女の対応だった。
「なぁ、ミュウリンよ。さっきのはわざわざ言わなくても良かったんじゃないか?」
ゴエモンが周囲を見れば、ミュウリンに対して睨むような目が散見される。
そんな目線を仲間が受ける筋合いはないが、少なくとも言わなければこんな目に遭わなかったとも彼は思うのだ。
その言葉にミュウリンは「そうだね」と静かに答え、それから言葉を続けた。
「言わなければ事を荒立てずに済んだと思うよ。でも、ボクは嘘をつきたく無かったんだ。
相手は敵対している存在だからこそ、信用できるように自分を曝け出さないと」
「それは時と場合によると思うがな」
「そうかもしれない。だけど、行動しないとわからなしね。ボクはその可能性に賭けてみたんだ。
だけど、通じ合えない場合もあるからその時は戦うことになっちゃうのかな。なんともままならないものだよ」
「ハハッ、随分な博徒だな」
「こんな世界になったから仕方ないよ。
ただ、一番敵対していた人族とでも仲良くできる。
ボクはそれをナナシさんと一緒に過ごした中で知ってるから」
自分の選択を後悔してないと言わんばかりの微笑みをするミュウリン。
そんな横顔を見ればゴエモンとてもはやそれ以上心配することもない。
「いらんお節介だったかもな」
「ふふっ、そんなことないよ。おかげで気持ちが落ち着いたからありがと~。
ただ、ボクはそう簡単にめげないよってだけさ」
そして、勇者一行は無事に泊まる家に辿り着き、全員がテーブルに着くと村長から村の出来事を聞き始めるのであった。




