第116話 質の悪いイルカ
一夜が明けて勇者一行の出発の日。
早くも村を出ていこうとする彼らにスナッフィーが見送り来た。
「もう出発するんだね」
「早く女王様を助けてあげたいから」
「そうか、そういうことならこちらが引き止める理由はないな。
では、そんな恩人に一つだけ忠告しておこう」
「忠告?」
ヒナリータが不穏な言葉に首を傾げる一方で、言い出しっぺのスナッフィーが向けた視線はミュウリンの方だった。
「この村は比較的おおらかな性格が多いからね。細かい事を気にしない人が多い。
だけど、勇者様達も知ってるだろうけど、僕達は神の眷属と呼ばれる立場の存在だ。
これから行く先はきっと我らの神である聖神リュリシールに対抗する魔神を崇める魔族であるそこの彼女に敵意を向ける者も多いだろう」
その言葉にヒナリータはそっとミュウリンに視線を向けた。
今ではすっかり頼れる優しい姉であるが、元を辿れば魔族の一人である。
つまりは、数年前には敵対関係の人物であるということだ。
そして、ここは精霊の国であり、もっと言えば神が下界に作り出した神聖なる空間。
そこに敵対している種族を招き入れるなんてことは本来ありえないのである。
しかし、ここに当たり前のようにミュウリンがいる。
その意味するところは――
「でもまぁ、この世界に入れる時点で我らが女王様はあなたのことを認めてくださったってことだね。
僕達はこう見えて意外にも外の情報はしっかり得てるから。それに一番の理由は――」
スナッフィーは視線をヒナリータの方へ戻しながら、言葉はそれ以上続けることはなかった。
なぜなら、この場所にいることが全てだからだ。
例えそれが小さな勇者のおかげだとしても。
「だから、邪険な態度はされるかもしれないけど、話は聞いてくれるはずだよ。
だって、女王様が認めたんだもの。女王様の行動は民意であり総意なのさ」
「......そっか。ボクもこの世界に来てから疑問には思ってたんだ。
逆に何もないってのがずっとモヤモヤしてたから、理由を知れて良かったよ」
「だとしても――」
その時、大きく言葉を発したのは普段無口なヒナリータだった。
勇者は強い意志を宿した目でもって宣言する。
「ミュウ姉が過去に敵対してた魔族だとしても、今はヒナの大切なお姉ちゃん。
だから、ミュウ姉を悪く言う人は例え精霊であっても許さない」
「ヒナちゃん......」
ヒナリータの強気の宣言にミュウリンは嬉しそうに微笑んだ。
彼女にとってそれほどまでに優しい言葉をかけられたのだ。
可愛い妹の頭をそっと感謝して撫でるのも姉の務めである。
「.......そっか。なら、余計な忠告だったかもね。
それじゃ、勇者様達の旅が良き旅になるよう祈っているよ」
スナッフィーの言葉を受け止めたながら、ヒナリータ達は次のステージであるザブザブの海ことウェーブマリンに出発した。
それから数日後、道中の魔物を蹴散らしつつ全体の平均レベルが約十二レベルぐらいになった所で、ウェーブマリンに一番近い村であるビッグウォーター村にやってきた。
ちなみに、そんな彼らのステータスは参考までにこんな感じだ。
「ヒナリータ」Lv.13 役割 勇者 MP28
HP 44
攻撃 36
防御 29
素早さ 25
魔法 24
魔法防御 27
<装備枠>
武器:しっかりした木剣(攻撃+12)
防具上:鉄の鎧(防御+11)
防具下:猫シューズ(素早さ+6)
装飾品:防御のネックレス(防御+5)
<スキル>
猫パンチ(消費2)
スラッシュ(消費7)
「ゴエモン」LV.12 役割 軽戦士モンキー MP18
HP 38
攻撃 31
防御 27
素早さ 35
魔法 20
魔法防御 21
<装備枠>
武器:ツータクルソード(攻撃+10)
防具上:革の鎧(防御+8)
防具下:革の靴(素早さ+4)
装飾品:疾風のハチマキ(素早さ+6)
<スキル>
モンキークロー(消費3)
エテクロス(消費6)
「レイモンド」Lv.12 役割 重戦士トラ MP16
HP 48
攻撃 42
防御 38
素早さ 20
魔法 19
魔法防御 22
<装備枠>
武器:鈍重な盾剣(攻撃+12)
防具上:革の鎧(防御+8)
防具下:革の靴(素早さ+4)
装飾品:耐魔のイヤリング(魔法防御+8)
<スキル>
肉球スタンプ(消費4)
タートルシールド(消費9)
「ナナシ」Lv.11 役割 魔術師ネズミ MP29
HP 20
攻撃 10
防御 12
素早さ 47
魔法 41
魔法防御 37
<装備枠>
武器:魔法のロッド(魔法+11)
防具上:葉っぱの服(防御+3)
防具下:子クモの靴(素早さ+8)
装飾品:芋虫の帽子(魔法防御+5)
<スキル>
びりりん(消費3)
みんな元気になーれ<継続回復>(消費2)
ファイヤエンチャント<対象付与>(消費7)
「ミュウリン」Lv.11 役割 僧侶ヒツジ MP25
HP 44
攻撃 27
防御 26
素早さ 26
魔法 30
魔法防御 32
<装備枠>
武器:ほら貝(魔法+5)
防具上:フワフワの毛皮(HP+8)
防具下:耐魔の靴(魔法防御+6)
装飾品:安全帽子(状態異常のかかりやすさ-15パーセント)
<スキル>
良い子よ眠れ(消費3)
回復しゃぼん<単体回復>(消費2)
朝だよ!起きて!<対象選択>(消費8)
勇者一行がビッグウォター村に辿り着くと、村の中央広場から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
怒号にも似た圧のある言葉に全員が首を傾げ、一先ず物陰に隠れて様子を見た。
すると、そこには何やら奇妙な生き物が声を荒げていた。
「ブンブンブーン! オラオラ、テメェら! ここはもうワイらの親分――シャチーク様のナワバリだって言うてんやろうがい!
ここに住ませて欲しければアレをよこせ! ほら、アレだ! アレ......アレってなんだっけ?」
「精霊の実だったはず、確か」
「なんとかの実を払いやがれ、すっとこどっこい!
生きてられるのは親分のありがたい慈悲だ!
仲間と同じ目に遭いたくなければ寄こしやがれ! すっとこどっこい!......使い方合ってる?」
「たぶん......うん、合ってる」
ブタ鼻をしたイルカが体に四輪をつけて立ちながら、精霊達を脅していた。
そのイルカ達は二人してサングラスのようなものをかけていて、良くしゃべっていた一匹は顔に傷がある強面だ。
どうやら先ほどの騒がしい声の正体もこのイルカ達だったらしい。
「早速剣呑な雰囲気みてぇだな。どうするよ?」
「そりゃ、助けに行く一択でしょ。じゃない? ヒナちゃん」
「うん......いつまでもビビってられない」
レイモンドとナナシの言葉に頷いたヒナリータは物陰からサッと正面切って現れる。
そんな気配を感じ取ったのか二匹のイルカが振り返った。
「あぁん? なんじゃテメェらは? どこの組のもんじゃい?......合ってる?」
「たぶん、合ってる」
「ワシらがドルピッグと知っての狼藉か?......合ってる?」
「うん、合ってる」
時折コソコソとしゃべりながらもしっかりと圧を加えて質問してくるドルピッグ達。
その会話のせいで会話テンポが悪くなっているが、勇者一行は気にせず話を続けた。
「ヒナ達はここに落ちたっていうクリスタルを取りに来た。
持ってるなら返して。そうすれば痛い目には遭わない」
「クリスタルだァ?......それってもしかして親分のアレのことか?」
「いや、アレかもしれない......ドレだ?」
「ドレってソレか?」
「ソレってナンダ?」
「「......ナンダ?」」
ピンと来ているのか来ていないのかあいまいなドルピッグ達の話し合いは最終的に迷宮入りしたようだ。
そして、頭を悩ませた挙句に二体が取った行動は八つ当たりだった。
「あーもうわけわからん! 成敗してやる!」
「ワシらをおちょくったことを狼狽させてやる!......合ってる?」
「音の響きがいいから合ってる」
「よっしゃ行くぞオラ!」
この言葉の直後、ドルピッグ達とのバトルフェーズに入った。




