第114話 ボス戦 隊長ゾンドール
ナナシによってゾンドール軍から逃げていく勇者一行。
このまま小数対多数の戦闘が強いられると覚悟いていた彼らだが、想定以上に後ろから追いかけてくるような音はしなかった。
そのことに疑問を感じたレイモンドが後ろを振り返れば、なぜか追いかけてきているのは隊長ゾンドールのみだ。
「待ちやがれー!」と叫ぶ隊長の後ろから追いかけて来るゾンドールの姿もなし。
「全員、止まれ!」
その言葉に全員がピタッと止まる。
彼らが何事かと振り返れば、すぐさま状況を察した。
なぜ隊長だけなのはわからないが。
「よくわからないが相手は隊長ゾンドールだけだ。
となれば、これ以上のチャンスはねぇ。ここで奴を叩くぞ」
「そうだな。よし、やるか」
「いつでも吹く準備は出来てるよ」
「......やる」
全員が武器を構え、臨戦態勢になった所で追いかけてきた隊長ゾンドールが勇者一行の数メートル前で止まった。
「やっと止まったかお前ら! まさかこの我の軍にこれほどまでの侵入者がいるとはなんたる失態!
このままではドロロン様に会わせる顔がない!
よって、お前らをここで倒してドロロン様に戦果を報告するのだ!」
「......その必要はない」
凛とした言葉で否定したのはヒナリータだった。
勇者は全員の前に立つとそっと右手を差し出した。
「ヒナ達が必要なのはそのクリスタル。それさえ手に入れば戦う必要はない」
「ほぅ、このクリスタルがそんな大事な物だったとはな。
たまたまキラキラした石を拾って気に入ったから持ってただけだったが、とんだ拾い物だったようだ。
ククク、渡すわけがなかろう! これも一緒にドロロン様へ捧げてやる!」
隊長ゾンドールは勢いよくヒナリータに向かって走り始めた。
バチバチとした敵意剥き出しの行動に最初に動いたのはゴエモンだ。
ゴエモンは途中で倒したツータクルの双剣を両手に持ち、隊長に攻撃を仕掛ける。
「モンキークロー」
ゴエモンのクロス斬りは隊長に直撃した。
瞬間、隊長から盛大な叫び声が上がる。
「ぎゃああああ! 斬られた~~~~!......あれ? 大丈夫そう」
「なっ!?」
思ったより無事なことにゴエモン以上に隊長ゾンドール自身が驚いていた。
というのも、彼らはゾンビなのでそもそも痛覚がないのだ。
故に、斬られた程度では無傷も同じ。
よって、隊長は自分の隊球面に自信を持ち、再び走り出す。
「ガッハッハ! どうやら我に斬撃は効かないようだ!
今度はこちらから行かせてもらうぞ――ゾンビアタック!」
隊長ゾンドールは身を屈め重心を低くしながらタックルを仕掛けてきた。
その攻撃意志にヒナリータはオオマダラスネークの時を思い出し、怯んでしまう。
「大丈夫、ヒナちゃん。俺達には優秀な盾騎士がいるから」
ヒナリータに告げられるナナシの声。
同時に、勇者の前には木の盾を持ったレイモンドが立ち塞がり、隊長の攻撃を受け止める。
「くっ!」
レベル差があるのか、はたまたレイモンド自身が弱体化しているのか。
隊長ゾンドールの一撃は骨に響くほど強力で、彼女が地面ん引きずられる形で交代させられるほどの威力だった。
「まともに直撃するのは危険だ。やるなら攻撃される前に叩くべきだ」
「それなら、ボクとナナシさんが隙を作るよ」
レイモンドの助言を得て、ミュウリンが隊長ゾンドールへと素早く近づく。
そして、彼女は手に持っていたほら貝で隊長をぶん殴った。
その攻撃で「ふげっ!?」と隊長ゾンドールの顔が九十度に曲がる。
「ヒナちゃん、行ける?」
「.......うん。ヒナは守られるだけの存在じゃない」
ヒナリータは柄を両手でギュッと握り、一気に走り出す。
勇者の目の前にいる隊長ゾンドールがミュウリンによって曲げられた首を両手で戻している一瞬に、ナナシが<びりりん>で攻撃。
「あばばばばば」
隊長ゾンドールが電撃で怯んでいる隙を突くようにヒナリータは大振りに剣を振り下ろした。
瞬間、両者の間に何者かが割って入る。
「隊長ーっ!」
間に入ってきたのはゾンドールだった。
どうやら軍隊の中から出てきたはぐれの一匹が一早く隊長のもとへやってきたようだ。
ヒナリータが咄嗟に距離を取って後ろを下がれば、それを気にする様子も無く隊長ゾンドールは倒れた兵士に駆け寄る。
「おい、お前! なぜ我の前に立った!?」
「サー、それは隊長を守りたかったからです......」
「バカ野郎! それでお前が斬られたら意味ねぇだろうが!
お前にはまだ帰りを待つ家族がいるはずだ! こんな所で死ぬんじゃねぇ!」
「隊長......我々ゾンドールは斬られても死にませんよ」
「あ、そうだった」
目の前で繰り広げられる茶番が終わると、さらに二体のゾンドールが隊長ゾンドールのもとへ合流した。その事に隊長は大喜びだ。
「ガッハッハ! これで数の利は埋まったようなものだ!
さぁ、反撃の時間だ! ぜんたーい、投擲準備!」
隊長ゾンドールの前に立ち並ぶ三体のゾンドール。
彼らはポケットから取り出した卵を手に持つと、大きく頭上に掲げた。
そして、隊長の「放て!」という号令に合わせて一斉に投げる。
その卵はミュウリン、ゴエモン、ヒナリータと飛んでいき、三人はそれぞれの武器でもって破壊する。
「「「「っ!?」」」」
その瞬間、卵からは鼻が曲がるような強烈な刺激臭が発生した。
そう、腐った人間モドキが持っていたのは漏れなく腐った卵だったのだ。
その卵から漂うニオイは当然――腐卵臭だ。
「うっ、クセェ......」
「ボクのほら貝が~」
腐卵臭にミュウリンもゴエモンも顔をしかめる。それほど強烈なニオイだ。
だが、彼らはまだいい方で、もしこれが鼻の効く人物だったら凶悪な攻撃に匹敵する。
それ即ち、獣人であるヒナリータとネズミになったナナシには効果が抜群だ。
「「~~~~~~~っ!?!?」」
ヒナリータもナナシも声にならない声でもって両手で鼻を抑えながら悶絶する。
獣人は獣の特徴を宿すため、人族よりも遥かに鼻や耳がいいのだ。
そして、その効きすぎる嗅覚が今回は仇となった。
地面を転がりまくって暴れる勇者と小動物を見て、レイモンドはすぐさま隊長ゾンドールを睨んだ。
「テメェ、女の子にさせちゃいけねぇ顔させやがって!」
「ガッハッハ! これが我らのやり方よ! そして、ここで止まる我らではない!
行け、お前ら! ゾンビアタックだ!」
隊長ゾンドールの指示で三体のゾンドールは一斉に走り出す。
その三体をミュウリン、ゴエモン、レイモンドの三人が各々対処した。
いや、正確に言えばさせられた。
「ガッハッハ! これで勇者も仕舞よ!」
隊長ゾンドールは大きく跳躍すると一気にヒナリータへと接近。
その行動にミュウリン、ゴエモン、レイモンドの三人が「しまった!」と言葉を零す。
しかし、この時勝利を確信した隊長は気づいていなかった――少女の怒りの炎の凄まじさを。
「ヒナちゃん、やるよ――ファイアーエンチャント」
しゃがんでいる勇者に襲い掛かる隊長ゾンドール。
構図は明らかに劣勢だったが、ナナシが着火した炎を纏うタコ足剣によって状況が一変する。
――ザンッ
「残念だったな! 俺に斬撃は効かない――って腕が焦げ落ちてる!?」
ヒナリータを掴もうとした隊長ゾンドールの腕は、勇者の一撃によって斬り飛ばされた。
あまりの事態に隊長は怯んで後ろへ後退する。
「古今東西でゾンビは炎に弱いと決まってる!
さぁ、怯んだ今がチャンスだ! 決めろ、ヒナちゃん!」
「鼻の恨み、ここで晴らす!」
ヒナリータは両手に持った剣を頭上に掲げ、大きく一歩踏み出して隊長ゾンドールを間合いに捉える。
しかし、隊長もやられるだけではない。
重心を前に傾け、相打ち覚悟で攻撃を仕掛けてきた。
「ふっ、最強の魔術師を忘れてもらってはいけないぜ。
これが最強の魔術師によるボディプレスじゃああああ!」
ヒナリータの肩から頭へ移動したナナシは思いっきり隊長ゾンドールに突撃する。
ただのプレスではない。全身を横に向けたネズミの全体重をかけた一撃だ。
ちなみに、ダメージは一である。
「がっ!? 前が見えねぇ!?」
当然ながら、ナナシとて自分のクソザコ攻撃力を期待していたわけではない。
彼の真の狙いは一時的でもゾンドールの視界を奪うこと。
それによって、ゾンドールは目の前でヒナリータを見失い、一番の隙が生まれる。
「いっけー、ヒナちゃん!」
「スラーッシュ」
勇者の一撃が隊長ゾンドールをぶった斬る。
「く、訓練が足りなかったのは我の方か......」
炎の剣で袈裟斬りにされた隊長はガクッと膝を崩し、前に倒れた。
これにより、勇者一行は最初のクリスタルを手にした。
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