第113話 潜入!ゾンドール軍
遠くから聞こえてきた少しドスの効いた大きな声。
勇者一行は茂みに隠れて声のする方を眺めると、そこには大勢のゾンドールの前に立つ隊長らしきゾンドールがいた。
どうやら目の前にいるのはゾンドールの軍隊のようだ。
「いいかお前ら! 我らがドロロン様のため、我々は強くあらねばならない!
「「「「「イエスサー」」」」」
「しかし、強さは一日にしてならず! 故に、我々は訓練しなければいけない!」
「「「「「イエスサー」」」」」
「さぁ、気合を入れろ! 始めるぞ! 行進――始め!」
「「「「「イチ、ニ、イチ、ニ......」」」」」
隊長ゾンドールが足踏みを始めると、隊列を組んだゾンドールは一糸乱れぬ動きで森の奥へ移動し始めた。
その光景を見送りながら、勇者一行は茂みから姿を現わす。
「結構な数だったな。二十ばかしか?」
「もとの世界じゃ未だしも今の力じゃ分が悪いだろうな」
レイモンドとゴエモンが先ほどのゾンドールの数を見て状況を分析し始めた。
現状、平均レベルは六レベルであり、何名かが新たなスキルを習得した。
しかし、そのスキルの中で全体攻撃を使えるものはミュウリンしかおらず、彼女に至っても相手を眠らせるだけの行動阻害効果しかない。
そのスキルがどれだけ効果を及ぼすのか、あれほどの規模の数で行使した場合全体に効くのかという不安要素がある以上、無策に突っ込むのはあまりよくないだろう。
「あの偉い人、胸に緑のクリスタルのペンダントをつけてた」
突然発したヒナリータの言葉に全員が反応する。
この瞬間、わかったことはどうにかして隊長ゾンドールに近づかないといけないということだ。
「さて、どうしたものか。ゾンビだから寝ることは無いだろうしな」
「であれば、やっぱ潜入しかないよね」
そんなことを言うのはミュウリンだ。
彼女はモコモコの毛皮にズボッと両手を突っ込むと、そこから指に挟んで取り出したのは女性の必須アイテムであるメイク道具だ。
「ふっふっふ、ボクに考えがあるよ」
―――数分後
「よーし、お前ら! 各自これから訓練を始めるための心構えは出来たか!?
それでは早速訓練を始める――番号ォー! 始め!」
「「「「イチ、ニ、サン、シ......」」」」
隊長の言葉にゾンドール達は一斉に番号を呼び始めた。
全体が番号を呼び終わると一番端にいたゾンドールが全体人数を隊長に伝える。
「二十五体、全員揃いました!」
「よし、お前ら――って待て、お前らは全員で二十体じゃなかったか?
それに......あんな個性的なゾンドールってこの隊にいたか?」
その言葉によって一部の明らかに姿が異様な姿のゾンドールがビクッと反応する。
隊長がその異様なゾンドールの列の前に立つと姿をジロジロと見始めた。
「ヒツジの魔物ゾンドールに、人間の子供ゾンドール、トラの魔物ゾンドール、サルの魔物ゾンドール、そしてネズミの魔物ゾンドール......ん?」
何かが気になったのか隊長はジロジロと子供のゾンビを見始めた。
よく見ると精気を無くしたアホ面がピクピクと動いているではないか。
加えて、ここにいるのは人間によく似た人間モドキである。
こんな所に人間の子供がいるはずない――
「こんな小さなネズミをつまみ食いしようしたのは誰だ!
耐えたのは偉いが甘噛みしてるせいでゾンビ化になってしまってるではないか!?
ってあれ? 噛んだらゾンビ化じゃなくて人形化になるんじゃなかったか? どっちだ!?」
そっちか~~~、と異様なゾンビ達こと勇者一行は安堵した。
勇者一行はミュウリンの謎に高いメイク技術によって現在ゾンビになっているのだ。
所謂ゾンビメイクというやつであり、後はアホっぽい表情でどうにか誤魔化していた。
「サー、申し訳ありません! つい、つまみ食いをしてしまいました!
ゾンビ化ではなかったような気もしますが、今こうしている以上ゾンビ化だったのかもしれません!」
そして、とても都合の良い事にナナシの存在を隠してくれる証言もあった。
「そうかだったか。それから、素直なのは良い事だ。次から気を付けるように。
それではこれから訓練を始める。まずは基本にして最大の構えであるスリラーの構えだ!
両手を互い違いに上げて如何にも生者を捕まえようと彷徨っているのを表現するのだ!
ぜんたーい、等間隔に広がれ!」
隊列ごとに人一人が両腕を伸ばしても当たらない距離でゾンドールが並べぶ。
そして、隊長の「 両腕を胸の高さに上げ――構え!」という言葉に、両腕を伸ばしてポージング。
その姿勢を全員が維持していると隊列の間を隊長がポージングを確認しながら歩いてくる。
「おい、お前! ケツの角度が二度違う! 腕ばかりに意識しすぎるな!
この構えは全体を意識知れ初めて成り立つ! 我の姿のようにもっとケツをキュッとしめろ!」
「イエスサー!」
「お前、それが全力の表情か!? まだ顔に精気が残ってるぞ! もっと顔をだらしなくさせろ!
恥じらいを捨てろ! いいか、お前はいずれ生者を襲うんだ!
恥ずかしがってたら戦場には立てんぞ!」
「イエスサー!」
「おい、そこのお前! なぜ口に芋を咥えている! というか、いつの間に咥えてたんだ!?」
「美味しいです、サー」
「それは良かったな! って、ちがーう! 芋をよこせ! 訓練には支障はない! 残りは我が食う!」
そんなこんなで隊長が何体かのゾンドールに指導を加えながら、やがて勇者一行の前に辿り着いた。
隊長は記憶に覚えのないゾンドールのポージングを見ながらも、ポージングは割に様になっていたので見逃していく。
レイモンド、ゴエモン、ミュウリンの三人はヒヤヒヤしながらも、目の前を通り過ぎていった隊長を見てバレなかったことにホッと安堵した。
残すはヒナリータとナナシのコンビだ。
ヒナリータもおおよそ少女がしてはいけないだらしない顔をしており、その少女の肩に乗るナナシも表情ではさしたる変化がないので形だけでもポージングしていた。
そんな少女の目の前を隊長がジロジロと見ながら通り過ぎる。
そのことにホッとしたのも束の間、まるで逆再生したかのように隊長が目の前に戻ってきた。
その行動に少女と小動物は共に、こっち戻ってくんな! と内心で叫ぶ。
「ん~、どうにも気になるな。そもそもこの世界に人間の子供なんていたか?」
「.......」
「.......まぁいいか」
そう呟いて隊長は他の出来の悪いポーズをするゾンドールに指導していく。
その姿を横目で見ながら、少女と小動物はホッと息を吐いた。
この思い切った行動が功を奏したのかその後隊長から疑いの目を向けられることは無く、しばらくの間ゾンドール軍によるゾンドールのための訓練が続けられた。
両手を伸ばしたまま前につんのめるようにして歩くゾンビウォークだったり、相手を捕まえて噛みつく攻撃だったり、ドロロン様を称える言葉を復唱したり。
そんな訓練に勇者一行は段々と焦り始めていた。
なぜなら、ゾンドールはゾンビであるが故に体力の上限がない。
もっと言えば食事もしないし、睡眠も必要ない。
故に、彼らの潜入がバレるのも時間の問題となっていた。
彼らが潜入したのはあくまで隊長が一人になる隙を見つけて突撃するためだが、あいにくそんな様子はまるでない。
だからこその焦り。流石に今のレベルでは二十人は相手に出来ない。
しかし、幸か不幸かその状況はとある小動物によって破られることになる。
「よーし、お前ら! もうすぐ日が沈む! 夜になれば森は我々の庭も同じ!
さぁ、スリラーの構えで来るべき精霊国の進撃に向かえて訓練を――」
「ハクションッ!」
隊長の言葉を遮る盛大なくしゃみ。それをしたのナナシだ。
そんな肩に乗る小動物の突拍子もない行動にヒナリータは焦った表情で見る。
「......何やってるの?」
「ご、ごめん。ヒナちゃんの髪が鼻にかかってくすぐったてくてつい......」
「誰だくしゃみをしたのは!?」
隊長はそう言いながら音の発生源へとすぐさま向かってくる。
ヒナリータの目の前に立てば、ジロジロと一人と一匹を眺めた。
「このネズミがくしゃみをしたのか?」
「......っ!」
「そうか、考えてみればやはりネズミがゾンビになるのは怪しかったのだ。
ゾンドールはドロロン様によって生み出されるもので、自発的に増えることはない。
噛んだとして出来ることは我々と同じポーズにするよう強制することだ。
つまり! このネズミは精霊国から送り込まれたスパイ!
情報を持ち帰られる前に捕まえる!」
「全員、撤退だ!」
瞬間、レイモンドの号令とともにヒナリータは隊長の捕まえる手を避けて走り出す。
トラ、ヒツジ、サルも逃げ出したことに隊長はあんぐり。
「えっ!? あんなにいたの!? くぅ~~~、たばかりおって!!
お前ら、今すぐアイツらを捕まえろ!」
「サー、私達は集団の敵を追いかける訓練をしておりません!」
「む、そうだったな。それじゃ、その訓練を――ってちがーう! 今はそんなことはどうでもいい!
行進の練習で追いかけろ! このままでは逃げられてしまう!」
「イエスサー!」
隊長の命令でゾンドール達は隊列を組んだまま駆け足になる。
ここで彼らの認識について一つ教えておこう。
隊長による訓練によって彼らが覚えたのは集団による一致した行動。
つまり、基本的に集団で何かをするという考えであり、何をするも揃った行動をするのだ。
それが示す意味は、一人が違う行動をした時、全員がそれに合わせるということだ。
最前列の一体のゾンドールが石に躓いて地面にコケた。
瞬間、その一体の左右のゾンドールがコケ、さらに左右と続きやがて列全体がコケる。
それに合わせて次の列がコケ、さらにそれが最後尾まで続く。
つまり意図的なドミノ倒し状態となったのだ。
「な、何をやっているお前ら!? 早く起き上がれ!」
これには隊長もビックリ。それはそう。
「サー、集団で倒れた場合の訓練をしていません!」
「うむ、確かにしてないな。では、この場合も訓練メニューについか――ってちがーう!
あぁもういい! 我が先に一人で追いかける! 自力で起き上がった者からおいかけてこい!」
そう言って隊長は一人敵集団へと走り出した。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)