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第110話 この世界のネズミの宿命

「フンフフ~ン♪ フフンフ~ン♪」


 鼻歌交じりに調理なべで煮込まれた具材をお玉でかき混ぜるのはコック帽にエプロンをつけたビビアンだ。

 得意げな表情で小皿にお玉でちょいと汁を乗せれば、ズズッと吸って味見する。


「うん、美味しい。さっすが私~」


 ビビアンはさらに具材入りスープを注ぎ、さらに付け合わせのサラダ、いくつかの果物を切り分けてハチミツのようなもので絡めた物を運ぶと、勇者一行がいるテーブルに乗せた。


「さぁ、どうですか! これが私の実力です! 召し上がってください!」


 自信満々のビビアンが提供したのはプロの料理人が盛り付けたような煌びやかな料理だ。

 見ているだけでもよだれが出てくるようなその見た目に勇者達も「お~」と感心の声を漏らす。

 ただ一つ、非常に深刻で残念な問題がある。それは――


「小さくね」


 並べられた料理は立派だ。ビビアン自身も味見をしてる時点で味を保証できるだろう。

 しかし、サイズが如何せん人間用ではないのだ。

 明らかな精霊用であり、強いて言うならナナシ用の量である。

 そのことにはビビアンも理解していたように落ち込んだ。


「ですよね。やっぱ無理か~」


「さっきまでの自信満々の表情はどっから出てきた」


「楽しくなっちゃってつい.......完全に抜けてました。それじゃいただきます」


「せめて俺用ではないんかい」


 結果的に料理が出来る自慢をしただけに終わったビビアンは、作った料理で一人で処理し始める。

 すぐ横で食べ始められたナナシは凄く羨まそうに少女が美味しそうに食べるのを眺めていた。


「まぁまぁ、こんなこともあろうかとボクが皆の分を作っておきました」


「ミュウリンママ~!」


「つーか、すぐ隣で作ってたけどな」


 ミュウリンママが皆の分の夕食を作ってくれたので、勇者一行はその料理を食べ始める。

 一行はなんだかんだで昼飯を抜いてこっちに来ていたので、空腹のスパイスが効いた料理に感動していた。


「アレ、ミュウリンさん俺の分は?」


「ナナシさんにはボクのおかずをあげるよ。

 さすがにナナシさん用の量は分けられないからね」


「それなら、ここにいるビビアンに任せれば......」


「食事したら動きたくないですぅ~」


「もう少しナナシさんを労わって!」


 ナナシはビビアンの体を揺さぶるがテコでも動きそうになかったので、仕方なくミュウリンから分けてもらった芋の欠片を両手にもってカジカジし始めた。

 その光景をレイモンドが「可愛い」と頬を緩ませて眺めていた。


「にしても、俺達の場合はミュウリンっつう料理人がいたからいいが、普段はどうすんだよ。

 確か、子供をこの世界に招くんだろ? 満足な食事出来ないだろ」


 ゴエモンのもっともな質問にビビアンは涅槃のような姿で答えた。


「そこら辺は流石に気にしてますよ。とはいえ、一人なら未だしも、複数の場合は精霊王様に出張ってもらってます。あーみえて料理得意ですから。

 もっと言えば、さっきの私の料理も人間の料理を意識して作ったものですから。

 さすがに果物あげて“はい、終わり”は味気ないですし」


「そういや普段は果実だけで過ごせてるんだっけな。

 大将もその体なら果実だけでイケんじゃねぇか?」


「ワンチャンイケる」


 ゴエモンの質問に答えたナナシは再びカジカジと芋を食べる。

 それが食べ終われば今度はあげたそうにしているレイモンドから芋を貰ってカジカジカジカジ。

 その光景は完全に餌付けされているペットだった。

 ご主人様(レイモンド)も自分の食事そっちのけでナナシに食べ物を与えている。


「ヒナちゃん、ボクの料理どうかな?」


「......美味しい。これは柑橘系の何かを混ぜてたりする?」


「お、よく気づいたね。これにはミツカーンのが少しだけ混ぜてあるんだ。

 それで少しサッパリした味わいになる。もしかして、料理に興味ある?」


「......うん」


「そっかそっか。それはいいことだ。これでボク以外の優秀な栄養管理料理人が出来そうだ」


 そんなこんなで勇者一行は旅立ちの前に和やかな夕食の時を過ごした。


―――ミュウリンの部屋


「ふぅ~。食った食った。相変わらずミュウリンの料理は美味し過ぎてついつい食べ過ぎちゃうぜ」


「お、嬉しい事言ってくれるね~。でも、ナナシさんはずっと芋を食べてただけだけど」


「それでもさ。美味しい食事をありがとうってことさ」


「ふふっ、そっか♪」


 小さな机の上でリラックスして座るナナシから送られる賛辞にミュウリンは上機嫌に笑う。


「それで話ってのは?」


 ナナシは率直にミュウリンに尋ねた。

 ナナシがここに連れて来られたのはミュウリンが「話したいことがある」と言ったからだ。

 ベッドの上で座るミュウリンは軽く足を上下に動かしながら質問に答える。


「単純な話だよ。ここ最近はナナシさんと二人であまり話してないなーって」


「そうか? 割と普通に話してると思うけど」


「全然違うよ。仲間が増えたことで楽しいことが沢山になったけど、それでもやっぱボクはナナシさんとは一番長く話したい仲でいたいのさ」


 そう言うミュウリンの顔は少し赤かった。

 ストレートな甘い言葉にナナシも思わずドキッとする。

 例え体はネズミになろうとも心は立派に人間をやっているようだ。


「ナナシさんがそばにいると楽しいことが色々起きて飽きないよ。

 今回のこの国での冒険だってきっかけはなんであれ、ナナシさんが常に盛り上げてる。

 おかげでヒナちゃんはずっと機嫌が良いよ。

 無口で表情変化も少ないからわかりづらいけどね」


「そうなの? その割には俺の好意に対しては容赦ないような気が......」


「ふふっ、わかっててやってる癖に~。

 ヒナちゃんが断るとわかってるからあんな風にしてるんでしょ?

 ナナシさんは真面目だからね。素敵な道化師を演じてる。可愛い」


「なんだかその褒められ方は素直に受け取りづらいな......」


 ナナシはビジネスで道化師をやっているのではない。本気で道化をしているのだ。

 なので、彼のプライドとしては演じていると捉えられると少しショックなのだ。


「......でもさ、たまにはボクにも甘えて欲しいな」


「ん? 何か言った?」


「実力行使ってやつさ」


「え?」


 ミュウリンはそばに居るナナシを両手で掴むとそのままベッドにゴロン。

 胸元で相棒をギュッと握りしめながら、ベッドの上で丸くなる。

 そんな大胆な少女の行動に相棒はジタバタと暴れ始める。


「ミュウリンさん!? これはダメですよ! いくら俺が今ネズミだからって男女の同衾はダメ!」


「え~、ダメ~? たまにはボクにもギュッてしていいんだよ。ほら、前にしてくれたじゃん」


「アレは百パーセントのノリで一切の邪な感情を捨て去ったから出来た行動と言いますか!

 それに君の場合、俺がそれをノリで求めたら断らずにウェルカムで乗ってくるじゃん!」


「そうりゃそうだよ~。ボクはナナシさんとギュッてしていいと思ってるんだから。

 だけど、ナナシさんは全然ボクに甘えて来ないし......だから、逆に燃えるんだよね。甘やかしてやろうって」


「なんで!?」


 ナナシは必死にジタバタするがミュウリンの手からは逃れられない。

 ここがせめてもとの世界であるなら身体強化すれば振りほどけるかもしれないが、ここ精霊の世界は大人の力が激減する世界。

 今の憐れな小動物に逃げ場はないのだ。


「ふふっ、なんだったらこの姿なら逃げられないと思って狙ったんだから。

 さぁさぁ、ボクにも甘やかさせろ~。ギュッてさせろ~」


「離して! ダメ、頬ずりしちゃ! 今この世界でなんでネズミなんだって激しく後悔しそうな気分になってくるから!――あ、もこもことした柔らかいもので眠く......ならないっ!」


「残念、ナナシさんはボクから逃げられないんだよ」


「ぎゃあああああ、酷い生殺しだあああああぁぁぁぁ!」


―――同時刻


 勇者達が泊まる部屋はナナシを覗く各メンバー事の部屋が用意されているが、レイモンドと同室で過ごすことにしたヒナリータはたまたまミュウリンの部屋を訪れようとした。


 しかし、扉の奥から聞こえる普段おっとりしている姉の激しいイチャイチャの波動を浴び、少女も珍しく同調して顔を赤らめた。

 そして、少女は扉の奥から感じるなんとなくの“大人”の意味を知った。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)

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