第11話 先輩の道示し
「魔物の生息域が変わった?」
冒険者ギルドの受付所。
担当受付嬢ソフィアから知らされた情報は、ナナシとミュウリンからすれば頭を傾げるものだった。
「だから?」
「魔物の生息域が変わったということは、それ相応の異変が起きたということです。
比較的強い魔物が森の表層付近に現れ始めている。
今でこそ皆さんのおかげで街への被害はありませんが、今後もそうとは限りません」
「そういうのってもうすでに調査とかしてるんじゃないの?」
ミュウリンの疑問にソフィアはコクリと頷いた。
「はい、既に森に深層域の調査は他の冒険者さんに任せています。
私があなた達に伝えたのは、何かとフラフラして危機意識が足りないからです!」
つまり、ソフィアからの優しい優しい忠告というわけだ。
ナナシとミュウリンは「りょ!」と敬礼すると、早速適当な依頼をソフィアに見繕ってもらう。
ついでに優しいソフィアにはミュウリン吸いをプレゼントした。
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「へぇ~、つまり、魔法ってのは構成術式に書かれた言葉を如何に現象としてイメージできるかってことなんですね」
「そうそう、例えば初級魔法として知られる<灯火>も構成術式の“静かに揺らめき燃ゆる命、生命の運び手となり火を灯せ”も、イメージが業火だったら――」
ユーリの言葉にナナシは頷く。
すると、ナナシは人差し指に出したろうそくの火ほどの大きさを、木が丸ごと一本消えているような火炎に変えた。
その光景をウェイン、ユーリ、カエサル、ミュウリンは「ほぉー」と関心そうに眺めていた。
一方で、ナナシはサッと火を消すと、話を続けていく。
「こんな風に変えることも可能だ。故に、魔法は頭をぐにょんぐにょんに柔らかくして、如何に自由で固定概念に囚われないイメージが出来るかってことだ」
ここでミュウリンが手を上げる。
「はい、ナナシ先生」
「なんでしょう、ミュウリンさん」
「例えば、火の魔法で詠唱で水系統の現象は起こせるでしょうか?」
「良い質問ですね。花まるあげちゃいます。
答えを言うなら、起こすこと自体は可能だね」
ナナシは<灯火>の術式構成を唱えながら、手のひらからチョロチョロと水を流していく。
「これは俺が昔魔法の修行をしていた時に色々試してたから知ったことなんだけど、魔法を起こすにもっとも必要なのはやはりイメージだ」
だがしかし、魔法というのはそもそもこの世界に満ちる神の眷属たる精霊の祝福とされている。
そして、魔法の構成術式というのは当時精霊と交わした際に使ったとされる古語の祝詞であり、その言葉を言うということは精霊に感謝や祈りを捧げるに等しい行為とされている。
故に、火の構成術式で水を出すのは、火の精霊に捧げるはずの感謝を水の精霊に言っているという大変失礼な状況になっているのだ。
そのためどれだけ現象イメージを強めたところで、間違った感謝による効果は九割カットされる。
強い魔法を使おうとも、その魔法を使うための魔力が消費されるだけで割に合わないのである。
逆に、正しい感謝を捧げ、強いイメージで補完することは「ありがとう」という感謝を、「あなたに命を救われました。この命、尽き果てるまで感謝を」という過大な感謝に変えることでもある。
そのため本来威力の小さい魔法を明らかに火力が高そうな魔法に変えることが出来るのだ。
ただし、その火力に対するそれ相応の魔力が消費されるので注意である。
「よって、魔法の構成術式というのは、その魔法を使うに対するもっとも効果的かつ効率的な言葉となっていて、その言葉に合わせた魔法行使が一番経済的になるよう作られてるのさ」
「「「「なるほど~~~」」」」
ナナシ先生の魔法講座。
ユーリから質問され突然始まったこの講座だが、無事満足な回答が出来たようだ。
ちなみに、現在ナナシ達が受けている依頼は、シュガースピアという砂糖菓子のように甘い蜜を出す巣の採取であり、普通なら講義時間一時間半でとっくに取って帰って来れるレベルである。
つまりところ、今回もナナシとミュウリンのお散歩回だ。
そして、生徒達の拍手喝采に鼻をびびーんと尖らせるナナシ。
絶賛テング状態だ。これはしゃべり甲斐があると道化師は気分が良くなっていた。
「魔法についてわざわざ過去まで振り返って調べることなんてなかったな」
「まぁ、そもそも俺達は村出身だから難しいだろうけどな」
ウェインとカエサルは普段当たり前に使っている魔法に関心を示したように言った。
すると、その言葉にユーリがキラーンと目を光らせる。
「でしょでしょ! 魔法って奥深いでしょ! だから、私はもっと魔法を知りたい!」
「魔法が好きなんだね~」
「うん。だって、村で見た勇者様の魔法......あれは私の心に光をくれたんです。
今だって昨日のことのように思い出せます」
「そっか。えへへ......」
「なんでミュウリンさんが嬉しそうなんですか?」
首を傾げるユーリ。
ミュウリンは「なんでだろね」と誤魔化すと、そっとナナシを見た。
その視線に対し、ナナシはそっと首を横に振る。
そして、話題を変えるように道化師はユーリに質問した。
「そんなに勇者が好きなら聖地には行かないのかい?」
「マグストタットですか?」
聖地マグストタット――勇者が召喚された地だ。
もっと言えば、勇者が主な拠点とし、魔王を倒すための力を蓄えた場所。
そこは人類最大の観光名所であり、日々冒険者が勇者になろうと切磋琢磨している冒険者ギルドの本部があるところでもある。
「そうそう、マグストタット。あそこならより君達も夢に向かって頑張れるでしょ」
ナナシの言葉に、ウェイン達は眉を下げながら顔を見合わせる。
「行こうとは思っているんですが、あそこは冒険者の聖地でもあって、色んな大規模クランがバチバチにしのぎを削ってるところなんですよね」
「なんといいますか、正直全然レベルが違うと言いますか......」
「俺達レベルじゃバカにされるぐらいだと思うんです」
ウェイン、ユーリ、カエサルがそれぞれ感想を述べていく。
全員が全員、背中を丸くして自信が無さそうにしている。
そんな姿にナナシは盛大に笑った。
「ぷっ、アハハハ! 聖地に行く前からそんなに縮こまって、道化師を笑わせるなんて中々才能あるよ」
「俺達は真面目に言ってるんですよ!」
「敵に向かい合っていないのに真面目はないだろう」
ナナシが真面目な口調で言った。
普段のおちゃらけた雰囲気とのギャップにウェイン達はビクッとする。
「実際に敵に向かい、実力を差を知り、身の丈に合った仕事をする。
それも君達の一つの未来であり、一つの選択肢であり、一つの答えだ。
しかし、自分の想像だけで恐怖してちゃ、それはタダの笑いのネタでしかない」
ナナシは押し黙るウェイン達を見て、そっと息を吐いた。
「君達は勇者に憧れたわけだ。そして、勇者と同じ魔物を倒したはずだ。その時どう思った?」
「怖かったけど、勇者に近づけたようで嬉しかったです」
「これでたくさんの人が守れると思いました」
「憧れだけじゃないって目が覚めたような気がしました」
「うんうん、良い答えだ。君達はすでに勇者になるための一歩を踏み出している。
なのに、周りが凄い人だらけだからって、そこで怖気づいてしまうのかい?」
「それは......」
上手く言葉を出て来ないウェインに、ナナシは一つの事実を示した。
「そもそも君達は敵を見誤っている。
君達は勇者になりたいのであって、他の冒険者を敵視して成り上がろうとしているわけじゃない。だったら、君達が持つ信念を大事にしていいはずだ」
ナナシは語りかけるように話す。
これからの冒険者生活に素敵ない笑顔を。
これも道案内をすると決めた道化師のお仕事である。
「ここで道化師さんが聞いた小話を一つ。
とある勇者一行は、強大な魔物と出会い、戦った。
しかし、その当時の戦力差ではなすすべなく、慌てて逃げ帰ったそうだ」
「そ、そうなんですか?」
「真実かどうかはわからない。でも、勇者も人であるならこんな場面があったっておかしくないんじゃないか?」
ウェイン達は顔を見合わせる。
何か決意がついたように頷き合い、代表してウェインが言った。
「ナナシさん、励ましてくれてありがとうございます。
そうですね、実際にそこで戦っている人達がいる限り、まだ僕達にもチャンスがあるかもしれません。
だから、行ってみようと思います。聖地に。まぁ、もう少し旅費を稼いでからですけど」
「素晴らしい! その決意が出来ただけでも賞賛すべきことだ。
それじゃ、君達の武勇伝が世界に名を轟かせるところを楽しみにしてるよ」
「「「はい!」」」
ウェイン達は元気よく返事をすると、早速彼らは冒険者ギルドへ依頼を受けに行った。
その後ろ姿をナナシはにこやかな笑みで眺める。
「さすがだね、ナナシさん。やるぅ~」
すると、ミュウリンがひょこっと横に現れ、ニコニコした笑みで褒めて来る。
そんな賞賛の言葉にナナシは恥じることも無くテングになった。
「人生の道案内も俺のものさ。ふっ、俺カッくぉいいーー!
やはり、男はカッコつけてなんぼだな」
「ボクはカッコいい系もいいけど、おバカ系もいいと思うな~」
「はーい、テンション振り切っていっきまーす!」
カッコつけるナナシ、一瞬にしておちゃらけモードへ変化する。
ミュウリンの言葉には勝てないのだ。
可愛いには勝てない。これぞ真理。
そして、二人は自分達の依頼のために歩き始める。
「ちなみに、さっきの話って本当?」
「事実らしいよ。まだまだ若い頃の話みたいだね」
「なーるだね~」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
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