第106話 人を辞めた道化師
突然の精霊ビビアンからの飛び降り強要。
近くにある切り株を覗いてみるが、穴の奥は真っ暗で何も見えない。
これはもしかすると某土管と同じ構造にでもなっているのか。
「とりあえず、誰から入る?」
ナナシがそう言い始めると、全員して道化師を見た。
「ちょ、え? 俺から? ビビりだから困るんだけど」
「うっせぇ、行け」
「大将、気合入れて行ってこい」
「ナナシさん、ゴー」
「仲間が冷たいんですが、どうすればいいですか?」
「そんなこと言われても知りませんよ」
ビビアンに助けを求めてみたナナシだが、彼女は助けるつもりがないらしい。
仲間からの「行け」一択の掛け声にメソメソした様子で木のうろに近づいていくナナシの様子を見ていたミュウリンは、相棒の推しの子の声なら元気よく行ってくれるんじゃないかとヒナリータに声をかけた。
「ヒナちゃん、ここは一言『行ってきて♡』とか声をかけてあげて」
「......」
ミュウリンにまるで渋柿でも食べたような顔をするヒナリータ。
おおよそ少女が見せる表情ではなかったが、少女はため息を吐いて仕方なく言った。
「さっさと行け」
「おっとボクが思い描いてた言葉よりも遥かに強い」
「はい! 元気よく行ってきます! いざ行かん、アナザーワールド!」
「だが、大将には思いのほか効果てきめんだったな」
「ヒナの言葉ならなんでもいいんじゃね?」
ナナシは某配管工のMおじさんのように木のうろに入って行けば、その後に続いてミュウリン、ゴエモン、ヒナリータを抱えたレイモンドが入って行った。
ヒュルルルル~~~と暗い暗い空間をひたすら落ちていく一行。
十数秒間にも渡るトンネルの中を抜けて見えてきたのは、遠くに見える城と広大な森。
ゴエモン、ミュウリン、ヒナリータを抱えたレイモンドが着地した後に、少し遅れてナナシが落ちてきた。
「あいたっ!?」
レイモンドに降ろしてもらったヒナリータの頭に落ちてきた何かが地面に転がる。
なんだかよく見る道化師風の姿をしたネズミが後ろ足で立ち上がった。
「イタタタタ......なんか一瞬いいニオイがしたような......とりあえず、皆も無事――え?」
ナナシが振り返った瞬間、後ろには怪物がいた。
自分よりも遥かにデカい天を衝くような巨人が。
しかし、その巨人をよく見ると全員仲間達だ。
いや、もっと言えば、自分の周囲の草木も遥かに大きい。
それに他にもおかしな点があるとすればそれは――
「なんでヒナちゃん以外着ぐるみ着てんの?」
ヒナリータ以外なぜか全員が動物の着ぐるみを着ているという点だ。
ミュウリンで言えばもこもこした白い毛におおわれた羊、浦島太郎の演劇に出てきそうな亀の格好をしたレイモンド、ケツが真っ赤の一人だけ中年おやじ感がすごいサルのゴエモン。
そんなナナシの指摘に全員が「さぁ?」といった反応をすると、逆にミュウリンが相棒を指摘した。
「なんでこんな格好かはわからないけど、ナナシさんはそれ以前の問題だよ。だって、ネズミだもん」
「え?」
ナナシは自分の手を見た。そもそも人の手の形を成していなかった。左手すらも動物の手だ。
すぐさま魔法で氷の鏡を空中に作り出してみてみれば、そこにはナナシの格好を姿をしたネズミがいる。
「な、なぜに俺だけガチネズミ!? どうしてだ? 三文字以内に答えろゴエモン!」
「知らん。それに俺達のこの格好だって体の一部のようになってて脱げる感じじゃないみてぇだ」
ゴエモンが自分の皮膚を引っ張ってみると、着ぐるみを着ているような感じなのにまるで直で皮膚を摘まんでいるような感触がする。
それは彼だけではなく、ミュウリンもレイモンドも同じだったようだ。
その一方で、一人だけガチの動物になっていることに悲しんでいるナナシを見かねたミュウリンがフォローし始めた。
「まぁまぁ、ナナシさんはザ・小動物になって可愛いじゃないの。
ほら、可愛い物好きのレイちゃんが目を輝かせてるよ」
「ナナシネズミ......可愛い......」
「ミュウリン、可愛い物好きはあんな目がギラついていない」
レイモンドがナナシを見つめる目線は可愛いものを愛でるものより、もはや獲物を見つけたハンターのような目に近かった。
そんな友人の好意的な視線にゾッとした道化師はすぐさま推しの子に助けを求める。
「ヒナちゃん! 助けておくれ! 可愛い物好きハンターに襲われそうなんだ!」
「.......美味しそう(じゅるり)」
「やっべ、こっちガチのハンターだ」
よだれをすするヒナリータにナナシは初めて戦々恐々とした感情を感じた。
自分の仲間の内四分の二が自分を狙うかもしれないハンターという事実に道化師は頭を抱える。
そのうち一人は食欲が湧いてしまってる始末。
「クソォ、なんで俺だけネズミなんだ......」
「ビビアンに聞けばわかんじゃねぇの? 今いねぇけど」
落ち込むナナシに流石のゴエモンも同情気味になっていると、遠くから「皆さーん」と叫ぶ声が聞こえてきた。
その声に全員が振り返れば、大きく手を振るビビアンが近づいてきていた。
「皆さん、こんな所にいましたか。精霊以外が穴から落ちるとどこに着地するかわからないですから」
「おい、今回はオレ達がいたからいいけどよ。
子供だけだったら入った瞬間、大けがどころか死ぬぞ」
「通常こんなに情報処理に時間かからないんですよ。
今回四人も大人がいて、そのうち一人はとんでもない情報量でしたし。
その分落ちて来る座標がズレてこんな結果になってしまっただけです。
ですから、本来は安心安全に行き来できたんですよ」
レイモンドの疑問を説明したビビアンは「あれ? 一人足りませんね」と周囲を見渡し始める。
そんな行動をする彼女にヒナリータが親切に地面に向かって指を差してあげた。
「わっ!? いないと思ったらこんな所に!? え、なんでそんな小さいんです?」
「こっちが知りたいよ! 全く、この姿のせいでヒナちゃんに『可愛い』って言ってもらっただけだよ!」
「ヒナは一言も発してない」
理不尽な怒り方をするナナシに対し、ビビアンは「たぶんですけど」とこの世界のことを話し始めた。
ビビアン曰く、この世界は子供のために作られた楽園のようなもので、本来入れないはずの大人が無理して入っているためこの世界の真理によって制限を受けているとのこと。
つまり、最初の彼女の忠告通りに大人の力は激減させられるのだ。
その制限の効果が着ぐるみとして現れているのではないかということ。
なぜ着ぐるみか、なぜこの動物なのかはあまりよくわかっていない。
なぜなら、過去に一度特例で大人が入ったことはあったが、それ以外実例がないからだ。
加えて、特例で入った大人がどんな理由でどんな人物か思い出せない。
そんなわけで、ナナシだけがガチのネズミサイズなのかは余計に分からないのだ。
ちなみに、この世界は現実世界の六倍早く時間が流れるとのこと。
「私も数百年と生きてますが、特例以外で大人が入ったのは初めてですから。
もしかしたら、その姿まで圧縮しないとこの世界で大人が力を持っていい最大基準に適合しなかったからかもしれませんね」
「つまり、ナナシさんは強すぎるわけだね」
「ま、そう考えたら妥当な結果かもな」
「そういう意味じゃ納得だな。良かったな、大将。しっかりとした理由じゃねぇか」
その言葉に立ち直ったナナシはすぐさま調子に乗り始める。
「なるほど、強すぎるってのも罪なわけか。それは仕方ないな。
ヒナちゃんからも『可愛すぎてヤバい』と言われるわけだ」
「言ってない」
堂々と嘘をつくナナシにヒナリータからの冷たい視線が突き刺さった。
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