第105話 精霊のSOS
「――そんな感じで今のナナシさんが誕生したってわけ。
どう? そう聞くと今のナナシさんって真面目におバカな行動してて見てて可愛いってならない?」
「ミュウ姉は楽しみ方がおかしいと思う」
そう言いつつも、少しだけ理解出来てしまったヒナリータ。
これまでミュウリンの口から語られてきた在りし日のナナシの姿。
それはこれまで聞いてきた勇者の印象そのもので、レイモンドが言っていた意味もよくできた。
自分がして来たことにも苦しむ純然たるバカ真面目なお人好し。
そう考えると今まで見てきたナナシという印象もだいぶ変わってくるというもので。
でもやっぱ、これまでの行動はウザかったとも思う。
「ふふっ、ナナシさんの見方が変わったみたいだね。
ナナシさんを知った今、ヒナちゃんは今のあの人をどう思う?」
「やかましい人......だけど、悪い人じゃないことは良く分かった。
それにどこかあの人のことは目に映っていた。
その気持ちもその話を聞いてよくわかった」
「それはどんな?」
「ヒナは強くなりたいと思ってて、ずっと守られるのが嫌だった。
あの人が強い人だってことがわかってたから、きっとその強さに憧れてた。
強くなりたい気持ちはずっと前から持ってたのに......だからもう迷わない。
ヒナは今度こそ大切な人を守れるような強い人になりたい」
それはきっとナナシさんのような人かな、と思ったミュウリンだがそれを口に出すことは無い。
きっとそれは野暮だからだ。少女が決意を固めたならそっと背中を押すだけ。
「なら、まずはナナシさんに言いたいことがあるんじゃない?」
「うぅ......それはそうなんだけど」
ヒナリータは耳を伏せて、さらに目線を逸らした。
これまで散々ツンケンしてきてどんな顔で言えばいいのかわからないといった顔だ。
そんな少女の表情を見ていたミュウリンからすれば、ナナシさんならどんなことでも泣いて喜ぶだろうな、と思いつつも、あくまでその行動はヒナリータの意思に任せることにした。
とりあえず立ち上がったヒナリータはどう謝ろうか頭の中でいくつものパターンをシミュレーションし始める。
その時、ナナシがいる方向にとぼとぼと歩いていた少女の目の前を横切るように何かが通過した。
瞬間、少女の額にゴチンとぶつかる。
「あいたっ!?」
よろめいた少女はその場に尻もちをつく。
額を抑えながら、ぶつかった何かに目を向ければ体長十センチほどの羽が生えた人型をした何かだった。
「おぉ、この子は精霊だね」
ヒナリータがぶつかったことでナナシ達が集まってきた。
ミュウリンに引き上げてもらいながらナナシから聞いたのは、おとぎ話に出てくるような生物の名前。
「精霊って確か神の眷属だっけか。下界の自然の調和を司るとかって。
だけど、聞くところによるとまず人前には顔を出さないって話だが」
「レイは流石によく知ってるね。シルヴァにでも聞いてたかな。
そう、精霊が人前に出るのは基本子供の前で、見えるのも子供だけとされてる」
「だが、こいつぁ俺達の目にも映ってるぞ。ぶつかって目を回してるみたいだが」
全員が見下ろす地面にはグルグルと目を回している精霊の少女がいた。
少しすると少女の目がパチッと開き、小さな羽を動かして飛び上がる。
そして、その少女が開口一番に言ったのは――
「私達の国を助けてください!」
それから、聞かされたのは精霊の少女ビビアンの切実な声だった。
今から二週間ほど前、精霊の園があった森は未曽有の危機に襲われた。
澄んだ空気で囲われていたその森に謎の瘴気が襲ってきたのだ。
最初こそ森の浄化作用でどうにかなっていたが、次第に黒紫色のドロドロとしたものが流れ始めてからはそうもいかなかくなった。
森がドロドロとしたものに触れて白く枯れてしまったのだ。
加えて、そのドロドロしたものはどんどん森の深部に進んでいき、やがて精霊の園へと届き始めた。
そこへ精霊王が駆け付けたが、ドロドロに対処していた精霊王も次第にドロドロが生み出す瘴気に当てられてダウンしてしまった。
精霊王すら敵わなかった相手に精霊達が敵うわけがなく。
故に、精霊達は自分達の正体がバレても安心できるような助っ人を探しに出たのだ。
しかし、精霊の園は本来人間を入れてはいけない神域。
さらにその神域に入れていい心が清らかな人物などそうはいない。
困り果てた精霊が走り回っていた末にぶつかったのがヒナリータだった。
「つまり、この際あなたでもいいので助けに来てください!」
両手を組んでビビアンはヒナリータに懇願する。
しかし、少女は目を左右の大人へと動かしながら、困惑した様子で答える。
「ヒナじゃなきゃダメなの? ミュウ姉やレイ姉の方が強いけど」
その言葉にナナシが「え、いつのまにそんな呼ばれ方してるの?」とレイモンドに尋ねるが、彼女は「今は真面目なターンだから」と会話を一蹴した。
ビビアンは何事も無かったかのように話を続ける。
「確かに、女神様の気配がするナナシを連れていけたら一番いいんだけど。
精霊っていうのは、元々“この世界に芽吹く生命を見守り育む”っていうのが使命で。
だから、緊急事態以外人の前に姿を現わしちゃいけなくて、それに精霊の園は子供以外が入ると力が激減しちゃうんだ」
「あ~、だから、普段子供の前にしか現れないのか。
この世界の子供は精霊にとって新芽のようなもので、対して大人は大木のようなもの。
自力でどうにかなっちゃう大人とは違い、子供は保護しなきゃいけないってことか」
「そう。だから、精霊の園に入れるのは十歳以下の子供だけなの。
ただまぁ、一応ある方法を使えば入れないこともないけど......結局、精霊の園という神域の真理が働いて、戦力としてあまり役に立たないというか」
ビビアンは言葉を選んだように言ったつもりのようだが、思いっきり失礼をかましていることに本人は気づいていない。
しかし、困っている相手に対し、そんなことで腹を立てるような大人はいない。
むしろ、そこへヒナリータが一人で向かうことに意識が向いてるような保護者ばかりだ。
「まぁ、何であれ行くしかないな」
「だね~」
「ヒナちゃんのカッコいいとこ見てみたい!」
「このメンツなら何とかなんだろ」
レイモンド、ミュウリン、ナナシ、ゴエモンの四人はそれぞれ普通についていく意欲を見せる。
そのことにビビアンは驚いた様子だが、「責任は持ちませんよ」というと一先ず彼らを案内し始めた。
羽を動かしながらふよふよと進むビビアンの後ろについて行くこと数分。
森の中を歩くが一向に瘴気に侵された森は見当たらない。
「おい、全然そのままっぽいじゃねぇか。草木が生い茂ってるぞ」
「ここはまだ無事なんです。というか、ここが被害にあってるくらいなら私達よりも先に人間が対処してくれるからいいんですが、どうにも精霊の園がピンポイントで襲われてるようでして」
レイモンドの言葉に答えたビビアンに、ゴエモンが首を傾げる。
「ん? そこって普通大人は入れないんだよな?
ってことは、子供がそんなことをしたってのか?」
「いえ、ここ最近で私達の国に訪れた子供はいません。
謎のドロドロが侵入してきただけです。
皆さんにはそのドロドロを駆除して欲しいのです」
ビビアンは「こちらです」と手を向けて紹介したのは巨大な木かぶのうろだった。
「ここが精霊の園の入口です。この穴を飛び降りてください」
「「「「「......はい?」」」」」
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