第104話 見つけた光
アイトは未だに顎に手を当てて悩み続けていた。
森の中をのっそのっそと歩きながら、自分に出来ることを探して。
しかし、どうにもこうにも思いつかない。
ありきたりでは物足りない気がする。
そうだ。ならば、小さな友達に聞いてみよう。
「というわけで、なんかこう皆を楽しませる方法ない?」
「それを俺達に聞くのかよ」
「聞く相手に年齢を問わないことにしてるもんで」
アイトのすぐそばにはリドウィンとクラチの姿があった。
リドウィンは一人数歩前を先行し、拾った木の枝を適当に振り回す。
クラチはアイトの隣でペースを合わせて歩いていた。
「アイトさんはもう十分にこの村に貢献してると思うけど」
「それだけじゃダメなんだよ。俺が納得しないっていうか」
クラチの言葉に、アイトは眉を寄せながら言った。
すると、話は聞いていたリドウィンが返答する。
「別になんだっていいんじゃなねぇの?
別にどうこうして貰わなくても暮らしていけるんだし」
「それが納得いってないから困ってるって話なんでしょ?
アイトさんは何がしたいの?」
クラチが聞いてくる。
何がしたいか。そう聞かれると、楽しませたいし笑わせたい。
もっともっと和気あいあいとした雰囲気があればいいと思う。
そうそれこそ――
「ミュウリンがやったようなことをしたい」
「「タイプが合わない」」
十歳も離れてるだろう年下の子供に辛辣な返しをされた。
思ったよりショックを受けるアイト。
元勇者もさすがに少しは足掻く。
「え、それはまだ判断が早いだろ」
「アイトさんは真面目だから。かえって変になる気がする」
「そうそう、人間も魔族も身の丈に合ったのが一番なんだよ。
それこそ勇者にそんなことできると思わないし」
あまりにも冷めてる、とアイトは悲しくなった。
真面目な返答名だけあって余計に。
まさか子供に身の丈を諭されるなんて。
しかし、諦めきれない元勇者は「そこをなんとか!」と頼んでいく。
すると、二人とも仕方なく考えてくれた。
リドウィンは頭の後ろに手を組みながら、クラチは腕を組んで呻っていく。
しばらく無言の時間が続いた。
それほどまでに案は出て来ないのだろうか?
それはそれで悲しい。
「あ~、もう考えるのめんどくせ。普通にバカになればいいんじゃねぇの?」
「バカに?」
「そう、勇者は考え過ぎなんだよ。だから、考えずに気分のままに動く」
「うん、そうだね、もっとテンション上げて軽薄な男になってみれば?
飄々とした態度で、調子の良いことばっかり言うような」
「そこまでしないと俺はバカにジョブチェンジ出来ないのか?」
果たしてこの子達にどれだけ真面目な人間と思われているのか、とアイトは思った。
元勇者とて適当な部分は当然ある。
金銭気にせずに目についた果物は買うし、とりあえず回復薬は買い込んでおく。
勝手に懐いてきた野良犬や野良猫にはとりあえず“ポチ”と“タマ”と名付けるぐらいには適当だ。
しかし、それすらも考え方が真面目寄り気質なら仕方ない。
この二度目の生、恥も外聞も曝け出して生きてやる。
そう! つまり俺はこれからバカになる!
アイトは一つ咳払いすると意識的に頭をスッカラカンにした。
イメージするはお調子者。もっと言えば、ドラ〇エの遊び人みたいな。
「やぁやぁ、二人とも全然活気がないじゃな~い。
人生もっと楽しまなきゃダメだよ。ほら、スマイル、スマ~イル」
「「......」」
めちゃくちゃしかめっ面で見てくる。
もはや求めてるスマイルとは逆になってるではないか。
何も言ってこないのが余計に圧に拍車をかけてくる。
しかし、挫けるにはまだ早い!
アイトはヒョイヒョイと移動して、先頭に立つ。
そのまま後ろを向いて、後ろ歩きをしながら身振り手振りを多くして発言する。
「あらあら、なんだか嫌な視線を送られてるようだけど、俺は至って大真面目!
あーんなことやこーんなことが待ってる世界だけど、そればっかりが全てじゃない!
もっと笑顔になんないとお肌のハリが無くなるぞ☆」
「「ウゼェ〜〜〜」」
それが十歳近く離れている子供からの率直な感想だった。
やってるアイト自身もそのコメントには酷く堪えた。
「オヨヨヨ、いい大人だってそんな返しは泣いちゃうんだからな! 泣いちゃうだぞ――お?」
大きくリアクションしながら何とか返していく。
そのキャラで返さなくてもいいと思うのだが。
アイトが発言してる最中、突如として彼の体勢が斜めになっていく。
彼の背後には大きめな凹んだ地面があり、その中央には泥沼が広がっている。
慣れないことをして注意力を散漫にしていたアイトは後ろ向きのまま坂道を転がっていく。
どんぐりころころどんぶりこ。ついには沼ポチャした。
「勇者!?」「アイトさん!?」
目の前で大の大人が坂道を転がっていく光景にリドウィンとクラチは驚いた。
心配そうにすぐに声をかければ、泥だらけのアイトが手を振る。
「大丈夫だ! 全然気づかなかったわ、ハハハ!」
アイトは恥ずかしがりながら言った。
実際恥ずかしいだろう......子供の目の前で滑って転がって沼ポチャなんて。
「......ぷっ、アハハハ!」
「ふっ、フフフフ......」
安堵から一転して突然失笑し始める子供達。
あのクソ真面目がふざけて転んで泥だらけになった光景が笑えてくるのだ。
「何やってんだよ。それでもホントにキマイラを倒した勇者か?」
「ふふっ、アイトさん。さすがにダサいって」
「.......」
アイトはこの瞬間、光明を見た気がした。
普段自分は真面目だと解釈される。
しかし、その自分がバカみたいにテンション上げて、ふざけて、仕舞には愚かな結果を招けば、こんな笑いが生まれる。
自分はバカにされるけど、それでも楽しそうに笑ってくれる。
あぁ、たぶんこれだ。自分が道化になればいいんだ。
俺は勇者から道化師になる!
****
「ミュウリン! ミュウリン! 聞いてくれ!」
「おや、随分嬉しそうだね~。どったの?」
部屋の中でぐでぇ~としていたミュウリンは、突如として家に飛び込んできたアイトに声をかけた。
そんなテンションの高い居候に少女は目を丸くする。
普段にも見ないテンションの高さ。
これは余程良いことにあったに違いない、と。
「俺、道化師になる!」
「???」
ミュウリンの頭に宇宙が出来上がった。
突然何を言い出すんだろうか、この人は。
「ん? どういうこと?」
それから聞かされたのは、アイトがリドウィンとクラチと一緒に森で起きた出来事だった。
それを聞いた直後のミュウリンの感想は、この人バカ真面目だな~、だった。
しかし、その話をしてる時、終始楽しそうに話してくれる。
それを聞いている時、ふと今は亡き弟が楽しそうに話しかけてくれた時のことを思い出した。
姿がちょうど重なっているのだ。
だからこそ、聞いてる自分もとっても楽しく、嬉しくなってくる。
うんうん、今とってもいい笑顔してる。
「どんな自分がバカにされても、それが本分なら心も痛まないし、それにそれで皆が笑顔になるだったらそっちの方が嬉しい!
皆の笑顔と夢のお手伝い! それが俺が道化師となる理由さ!」
「そっか~、それはとってもいいね」
「ってことで、俺はアイトという名を捨てる。
これからは名無しと呼んでくれ」
ん? どういうこと? とミュウリンは首を傾げた。
その反応に気付いたのかアイトは答えてくれる。
「俺のこの名前は勇者ありきなんだ。
勇者イコールアイトとなってて、この名前がある限り俺は勇者のままだ。
だから、俺は名前捨てることで勇者を辞めるんだ」
アイトの表情から決意が伝わってくる。
でも、それって――
「つけてくれたご両親の名前を捨てることにならない?」
アイトがミュウリンを見た。
元勇者はゆっくり顔を落とせば、言った。
「そうかもな。だけど、俺が違う自分になるには、こうしてまっさらにならないといけない。
でも、俺が誇れる名前は俺を生んでくれた両親の名前だけだ。
だから、それ以外の名前は要らない。俺の名前はない。
たぶん.....いや、きっとそれが俺になる気がするから」
「なるほど、だからナナシなんだね」
ミュウリンは微笑んだ。
どうやら生半可な覚悟では無さそうだ。
そこら辺が相変わらず真面目というか。
でも、そういう部分が気に入ってる。
だから、ボクも合わせよう。
元勇者の笑顔が見れるなら。
「それじゃ、よろしくね。ナナシさん」
「よろしく、ミュウリン。でもでも、前みたいに呼び捨てにしてくれて構わないんだよ~?」
「えへへ、こっちの方がしっくりくるんだ~」
本当は違う、とミュウリンは意図的に名前は変えていた。
「アイト」......この名前は特別だ。
色々な意味が含まれてる。
だから、真面目に向き合うべき名前として、そのままで呼びたい。
もちろん、これからのアイトを蔑ろに扱うわけじゃない。
これからのアイトの行く末を見ていきたいからこそ、意識を変えるスイッチは必要だ。
さん付けはそのスイッチを入れないための心のバリア。
「ではでは、早速ミュウリンさん」
「はいはい、どうしたの?」
「これから一曲いかがです?」
「いいね~。ナナシさんの晴れ舞台だ」
そっと手を差し出すアイトの手を取るミュウリン。
二人は一緒に手を繋いだまま外を出た。
そして、村を巻き込んでは踊り、夜は更けていく。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




