第103話 一緒にダンシング
アイトは自分の罪を告白し、そして実質的な許しのような罰を受けた。
それから数日立ったが、以前変わらず胸に軋むような苦しさがある。
だが、それも以前よりは軽くなった。
それは相手の心が見えず、精神的に自分を追い込んでいた部分もあったのだろう。
しかし、今は苦しくも、その苦しさが心地良くすらある。
きっと罰を受ける人間の気持ちではないだろうが、それでも前より生きる気力が増した。
それに救われたこの命を無駄にしようとする精神の方が愚かなことだ。
だからこそ、この命をもっと必要なことに使いたい。
それこそ自分の人生を賭けるような何かに。
「う~~~ん」
アイトは悩んでいた。
相変わらず村の人達は優しい。
それどころか正直に白状したことから余計に優しくされてる気がする。
というのも、積極的に話しかけられるのだ。
村の女性達には着ていた鎧以外の着る服を作ってもらい、村の男性達には剣術やら体術の教えを請われた。
また、村のご老人からは勇者の旅について聞かれ、子供達は積極的にアイトを遊び相手に選んだ。
それに対するお返しは行っている。
一緒に農業を手伝ったり、水汲みを手伝ったり、森の外の狩猟に協力したり。
しかし、それだけでは足りない気がする。
自分が認められることは嬉しいが、優しさに対する見返りがこれでいいのか。
もっと何か出来ることは無いのか。
それがずっと考えては思いつかない。
「どったの~」
ミュウリンが聞いてくる。
彼女から罰を受けた一日、二日辺りはなんとも気まずい気持ちを抱えていたが、今では流石に慣れてしまった。
それに本人がずっとのほほんとした感じなので、恥ずかしがってるのがバカらしくなるのだ。
小柄な体形のミュウリンがひょこっと下から現れては覗いてる。
彼女の身長が百五十にも満たないぐらいなので、身長差は三十数センチほどになる。
隣に並べば、正しく大人と子供であった。
「もう少し村の人達に何か出来ないかって思ってな。
けど、それがどうすればいいのかわからなくて......ミュウリンはどんな村の姿を望んでる?」
アイトはミュウリンに聞いてみた。
自分を連れてきたのはこの少女だ。
ならば、この子の望む形の光景が一番良いだろう。
「それなら簡単だよ。皆が楽しく笑っててほしい。やっぱ笑顔が一番だからね」
「笑顔か......う~ん」
アイトは村を見渡した。
この見る視界にも少しだけ変化が生じた。
というのも、ミュウリンの言葉を受けてから、世界がモノクロに変わったのだ。
今まで黒い世界に白い輪郭があるだけ。
しかし、今では同じ黒と白でも明暗があり、それが僅かな色になっているのだ。
どうしてこうなったかはわらない。
常に<魔力探知>を使っていて、体に合わせて能力が進化したのかもしれない。もしくは、精神的場部分か。
どちらにせよ、色がついたことには多少なりとも嬉しさがあった。
モノクロとはいえ、視界が暗いままなのは気分的にも良くない。
もっとも、誰かの姿がわかるという時点でありがたいことなのだが。
アイトは腕を組んで悩む。
この村の人達にとって笑顔とは何か。
もとより、この村はそれなりに活気がある。
大人の女性達や男達は楽しく談笑することもあったり、子供達は元気に遊びまわっている。
それこそ、アイトがいた時は静かな瞬間が多かったが、罪の告白以降はそのような感じだ。
横からミュウリンがじーっと眺めて来る。
眠たそうな目でじーっと。
何かを考えるように腕を組めば、ひらめいたようにアイトの手を取った。
「うん、難しいことは考え過ぎない。一緒に踊ろ」
「え?」
突然手を引かれるアイトはミュウリンの言葉に困惑した。
しかし、その言葉の意味を尋ねるよりも早く、楽し気な少女は他の人達を巻き込んだ。
「ドゥンケルさん、ドゥンケルさん。お一つ音楽くださいな」
「お、今日は珍しくテンションが高いじゃねぇか。よし、いっちょ奏でてやるよ!」
これでテンションが高いのか? と思ったアイト。
表情変化の乏しい少女はこれまでにも見たことあるが、まさかこんなのほほんとした子がこんなアクティブな行動に出るとは。
ドゥンケルというドレッドヘアの男性が家から引っ張ってきたギターを抱え、軒下の段差に座って適当に音楽を弾き始める。
当然ながら、知らない曲だ。
ゆっくりな曲調で、それに合わせてミュウリンが思うがままに踊っていく。
一緒にクルクルしたり、一人でクルクルしたり。
独特なステップを踏みながら、とにかく楽しそうに踊る。
王宮でのパーティに参加した時のようなダンスと違い、正しく自由という印象だ。
モノクロの世界なのに、失った視界なのに、ミュウリンの見せる柔らかい笑顔が眩しく感じる。
ミュウリンが踊り始めると、音楽に合わせて他の人達も参加し始めた。
とある人は一人で踊り、とある夫婦は二人で踊り、またとある人は横笛でギターに曲を合わせて。
そんな中でも、ミュウリンは決して手を離さない。
一緒に踊ることが意味あるかのように。
煌めく汗が空中に飛び散る。
「どう? 楽し?」
ミュウリンが聞いてくる。
突然のことで返答に困るアイトだったが、とりあえず頷いた。
楽しいと聞かれれば楽しいという気持ちは紛れもなく本物だ。
これまでこんな自由に音楽に合わせて踊ったことはなく、ましてや相手は魔王の娘となんて。
「楽しい時、嬉しい時、その感情を表すには踊るのが一番。
もちろん、笑顔になる時もね。一緒に踊って、一緒に楽しも」
アイトは周囲を見た。
すると、いつの間にか村人達の間では笑顔で溢れている。
自分が求めていたそれが、こんなにも簡単に。
しばらく踊り続けた後、二人は休憩するように木陰に座った。
朝から自由気ままに、音楽に合わせて気分の乗るままに踊り続けていた。
結果、二人は汗だくで、若干疲れてすらいた。
「まさか踊ってただけでこんな汗かくなんてな」
「でも、楽しかったのでしょ?」
ミュウリンがふんわりとした笑みで見て来る。
この柔らかさにやられてんだな、とアイトは思いながら答えた。
「そうだな」
正面を向けば、まだ踊り続けてる子供達がいる。
その光景を周囲で大人達が眺めている。
さらにその光景を眺めていた元勇者は口を開いた。
「にしても、意外だな?」
「ん? 何が~?」
「ミュウリンは見た目からして、言動からしてももっとのほほんとしてる人物だと思ってた。
だけど、一緒に踊るなんてこんな行動に出るとは思わなくてさ」
「ん~? そうでもないよ~」
「え?」
ミュウリンはアイトの言葉を否定しながら、地面にゴロン。
ぐでぇ~っと全身が溶けたような脱力を見せていく。
まさにアイトが想像している通りの姿となった。
「ボクはのんびりしてる方が好きだな~。
こうやって心地よい風が吹く日は、程よくあったかく感じる場所でゴロンするのがいいんだよ」
「なら、なんで俺を誘ったんだ?」
「それはアイトが考え過ぎてたからだよ。君は真面目君だからね~。
もう少しはっちゃけてもいいと思うよ~」
別にそんなことないと思うけどな、とアイトは思った。
元勇者は真面目を認めていない。
自分が真面目なキャラだと思っていないのだ。
「自分はのんびりが好きなのに?」
「ボクは楽しそうにしてるのを見るのが好きなんだよ~」
ぐでぇ~っと今にもスライムになりそうなミュウリン。
確かに、彼女の目線はずっと踊る子供達の方に注がれていた。
にへへ、とだらしない笑みをしながら。
そんなミュウリンを見ながら、アイトは考えた。
もう少し自分もこうして考えずに動いてみてもいいのかもしれない。
なら、どんな風になら皆を楽しませられるのか。
そう考えるアイトは結局真面目だった。
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