第102話 甘く優しく辛い罰
リドウィンを助けた翌朝、アイトはミュウリンに頼んで村の皆を集めてもらった。
「言われた通り集めて来たよ~。これから何するつもり?」
ミュウリンは突然昨晩にアイトから頼まれた。
事情を聞こうとしたが、昨晩の勇者が少し思い詰めた顔をしていたため聞くのを止めたのだ。
「俺の勇気を示すんだよ。今からな」
アイトは端的に答えた。
これから言葉で伝えることを行動で示すから見ていてくれ。
そんなような言外で伝えられる雰囲気を纏っていた。
そう、これからアイトがするのは覚悟を示すことだ。
昨晩、リドウィンが自分の抱えている感情を勇気を持って示したように。
自分もまた村の皆に伝えなければいけないことがある。
アイトの目の前には村人の総勢がある。
おおよそ誰しもが困惑したような表情だ。
そこに悪意が示されていないのはこれまでの勇者の行動によるものだ。
勇者は堂々としたいで立ちで、足を一歩前に踏み出す。
これから言うことは紛れもない事実だ。
「皆さん、集まってくれてありがとうございます。
これからすることは全て誠意であり、俺自身が罰せられるべき罪です」
ゆっくり膝を折っていく。
両膝を地面に着ければ、さらに両手と額を地面に擦りつけた。
紛れもない土下座の構図だ。
「俺の身分は人類を代表する勇者です!
そして、ここにやって来たのは宿敵である魔王を殺すためでした!
ご存じの通り、魔王城の空からは暗雲が消えている!
つまり、勇者である俺が殺しました!」
その声に村人達がどよめく。
アイトが人間であることは知っていた。
しかし、相手が人類の代表であることは思いもよらないだろう。
「俺達は魔族が攻めて来たから、人類を守るためには戦うしかないと思い、それに人生を尽くしてきました!
しかし、それは俺達だけの大義名分でしかなく、やったことは紛れもない戦争です!
そこで俺達人類は数えきれないくらい魔族を殺してきました!」
村人達は耳を傾ける。
表情には怒りと憎悪が徐々に表れ始めているのか顔つきが険しい。
しかし、拳を握ってなんとか自制しているようだ。
一方で、ミュウリンとクラチはただじっと話を聞いていた。
村人達と同じように怒りを見せる様子もなく。
「俺は人類の代表です! ですから、他の人間が犯した虐殺も、全ては管理しきれなかった俺の責任です!
だからどうか! 責めるべき罰を与える相手は俺だにしてください!
どうかこれ以上、人類と争わないでください!」
勇者の誠心誠意の謝罪。
こんな状況を一体誰が予想できただろうか。
その感情は村人達の表情に如実に表れていた。
土下座するアイトは全てを受け止めるつもりでいた。
目の前に戦争を率いた人類側の総責任者がいる。
つまり、今の勇者の発言で村人の誰しもがリドウィンのような殺意を向けてもおかしくなかった。
実際、勇者の言葉を受けた直後、村人達は怒りを見せた。
しかし、その感情はすぐになりをひそめ、今では同情的な視線を送って来る。
勇者はただ待っていた。向けられるべき悪意を。
しかし、いつまで経っても石やらバケツやら投げられる気配もない。
アイトがそっと顔をあげると、村長のドトールが近づいてきた。
「面をあげなされ、アイト殿」
自分が敵対者にも関わらず、名前で呼ぶドトール。
アイトの中の罪悪感が良心を締め付ける。
なぜ誰も責めない!? と。
勇者は顔を上げた。
村長の可哀そうな目をする視線がより強く伝わってくる。
「どうしてこのようなことを言いだしたのか、その真意はあえて問わない。
だが、この状況がもたらされたのは、アイト殿の良心の呵責によるものだったのだろう」
見抜かれているか、とアイトは思った。
ミュウリンが分かるぐらいだ。
この反応的に他の人達にも筒抜けだったのだろう。
「アイト殿は確かにワシらにとって最悪な敵なのかもしれん。
しかし、先ほど君から伝えられる誠意によってワシらは理解した。
ワシらと人類には見た目しか差がない。
そして、アイト殿はただ優しい人であると――」
「待ってください!」
ドトールの慈悲の言葉に待ったをかけたのは外ならぬアイトだった。
「俺は許されるべき人間じゃないはずです!
俺はこの戦争においての指揮者であり、同時に魔王を殺したことであなた達魔族の運命も変えてしまった!」
「それはアイト殿が自分達の正義を示した結果だ。
殺し殺されは世の常、ましてや戦争において敗戦した方が落ちぶれるのはもってのほか。
ワシらがついていった魔王様が人類に攻撃を仕掛け、結果破れてしまった。
となれば、それはその方が生きていけると見誤ったワシらの責任」
「そんなわけない! あなた達はただの被害者だ!」
「それはそちらでも同じことが言えよう。魔族によって殺された人類の村や家々、それらによって住む場所を失ったのは等しく被害者だ」
「しかし......」
アイトはギュッと拳を握り、歯を食いしばる。
村長の言葉をそのまま受け止めることは出来なかった。
自分は逃げない選択肢をした。
その結果、こうして自分の正体を明かし、正当な罰を受けることを覚悟した。
逆に言えば、罰がなく許されることは絶対にないと思っていた。
だからこそ、今許されようとしている状況に納得がいかなかった。
これは謝罪で済むような子供の口約束ではないんだぞ! と。
アイトの表情から心理状況を察したドトールは「ならば」と一つの提案をした。
「ここはワシらの代表によって罰を決めてもらおうではないか」
「代表......?」
アイトは困惑した。
ドトールさんが代表ではないのか? と。
事実、この村の長はドトールで間違いない。
ならば、それよりも高貴な立場を持つ者は誰か。
そんな人物一人しかいない。
「ミュウリン、いや、ミュウリン=ウェルウェンティア=ダークレイ王女。
どうかあなた様がこの者の処罰を決めて下され。
あなた様のお父上――魔王ゴルディア様はこの者によって討たれたのですから」
ドトールは振り返り、ミュウリンに言った。
その発言に魔王の娘は驚いている様子だった。
「気づいてたの?」
「もちろん。気づかぬは戦争とは無縁の幼子かまだ数年しか生きていない子供のみです。
もとより、ワシらがミュウリン様を住民のように扱うのは、外ならぬ魔王様の頼みだったのです」
「お父様が......そっか」
ミュウリンはそっと嬉しそうな笑みを浮かべると、歩き出した。
脇に外れるドトールの横を通り過ぎ、やがて宿敵である勇者の前へ。
「そうだね。それじゃあ、ボクが決めようか。これからのアイトの行く先を」
魔王の娘は見下ろした。
魔王城での魔王との戦いと比べれば逆の結果だ。
彼女の方がより高い位置にいる。
「ボクの判決は――」
ミュウリンは段々と低くなる。
それはアイトに目線を合わせるようにしゃがんだから。
浮かべる笑みはまるで泣いている子供をあやすような微笑みだ。
「何もせずに許しちゃう、かな」
「......は?」
意に反するような声を漏らしたのはアイトの方。
言っている言葉が理解できず、同時にどうしてそんな笑みが出来るのかもわからなかった。
「待ってくれ! そんなことで済むはずないだろ!? それはあまりにも――」
甘すぎる。
その言葉がアイトから出るよりも先に、ミュウリンは言った。
「ボクはね、君が優しい人だって知ってるんだ。
だから、何もしなくても十分な苦しみを味わって、罪の意識に苦しんでいる。
本来だったら、考える必要も無い敵種族の事情のことを」
「それは......皆が優しかったから」
「それは君が優しかったからだよ。
アイトは勇者だ。お父様を殺せるだけの力がある。
だけど、それを一切使わずに、同じ目線に立って親切にしてくれた。
だから、ボク達も優しくなれた。
もちろん、恨み辛みはあるだろうけど、そこは村長さんの言う通りお互いさまだから」
優しさが辛い。慈悲の言葉が苦しい。
同じ目線には立って欲しくない。
言葉にならない感情が涙となって溢れてくる。
「よしよーし、よく頑張ったね~」
ミュウリンが優しく頭を撫でて来る。
泣きじゃくるような子供を慰める手つき。
相手は年下の子なのに。
優しくされると余計惨めに感じる。
しかし同時に、これまで誰にもぶつけられなかった感情の拠り所が出来、安心してしまう感情もある。
アイトの手はそっとミュウリンの肩を掴んだ。
両目を布で覆った彼は溢れんばかりの涙で、一回りも二回りも小さい少女へと縋りつく。
膨れ上がった感情は堰を切るようにして、言葉となって溢れ出た。
「どうして! どうして何も怒らないんだ!?
俺は君の......君のお父さんを殺したんだぞ!?」
理解し難い現状が勇者の心を容赦なく痛めつける
魔王を......ミュウリンの父親を殺したのは俺のはずなのに。
俺の方が優しくされている。
罪を犯したものはそれ相応の罰を受ける。
それは誰であろうと変わらない。
しかし、その権利を有しているはずの魔王の娘は何もしない。
それどころかうずくまり泣きじゃくる頭を優しく撫でるばかり。
小さな手つきが髪を何度も前後する。
無防備なそこに突然爪で首を掻き切られることも、短剣で刺し込まれることもない。
相変わらず優しい声で魔王の娘は言ってくる。
「ボクはね、きっとこういう性格なんだぁ~。
少なくとも、目の前で泣きながら謝って来る人を殺せるほど薄情でもないし。
ましてや、こんなに苦しんで可哀そうだって思っちゃう」
「うぅ......」
「でも、それでも、お父様を殺された恨みはある。だから―――」
ミュウリンは優しくアイトの顔を包み込み、そっと顔を上げさせる。
盲目のアイトには彼女の姿はハッキリと見えない。
魔力で補って辛うじて輪郭が見えるぐらい。
しかし、それでもアイトはしっかりと感じた。
目の前にいる少女が慈愛の笑みを浮かべているということが。
「ボクは怒らない。罪悪感を感じてる君にとっては、罰を与えることはご褒美になっちゃうから。
だから、君にはボクから何もされないという罰を受けて、ボクのそばに居続けることで存分に苦しんで」
ミュウリンはギュッと青年の顔を胸にうずめる。
彼女から感じる僅かな膨らみと柔らかさから伝わる体温。
想定してなかった優しさ。
青年の胸はギュッと苦しめられた。
しかし、これが罰だというのなら、この苦しみが続くというのなら、確かにこれば罰だ。
それはとても優しく、甘く、温かい――
「あまりにも......残酷な罰だ」
この時同時に、アイトは残りの人生をこの子に費やそうと誓った。
この瞬間、勇者アイトは――勇者を辞めた。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)