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自称道化師の喜劇道~異世界出身のお調子者と魔族の相棒の陽気な珍道中~  作者: 夜月紅輝
第4章 ヒナリータクエスト

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第100話 憎む気持ち

 小さな角が生えた緑色の短髪に、人より少し鋭い目付き。

 顔の表情から負けん気が溢れているような少年の名前はリドウィン。


 今の彼はこの耐え難い環境に怒っていた。

 今までこの村はあまり多くない人数ながらも色々やりくりしてきた。

 順風とまではいかないが、それでも皆で協力して過ごしてきた。


 それに同世代の子供もいるから寂しくなかった。

 周りの大人達も自分のことを可愛がってくれてるのがわかるし、そんな村が好きだった。


 しかし、その気持ちはたった一人の存在によって揺るがされた。

 ミュウリン姉が連れてきた人間のせいだ。


 その人間は傷ついていた。

 目には血が乾いた跡があり、左腕は無くて、全身も至る所がボロボロの様子だった。


 ミュウリン姉は優しいから例え人間であっても傷ついた人を見過ごせなかったんだろう。

 だけど、オレからすれば関係ない。

 オレから家族を奪った人間を許すことは出来ない。


 きっと皆も同じ気持ちだと思ってた。

 だって、目線とか雰囲気ってのがなんだか怖い感じだたったし。

 皆、あの人間に殺された家族や仲間の恨みを晴らすんだと思ってた。


 皆が行くなら行動しよう。

 あんなにボロボロだけど、たぶんオレだけの力じゃ勝てない。

 だって、魔王城からそう遠くないこの森で生きてるんだから。


 どれだけ強くても皆で囲めばどうにかなる。

 これで家族の仇が取れる――と思っていたけど、現実は違った。


「これ食うかい?」


「あ、いや......」


「遠慮せずに」


 リドウィンの目の前で畑で取れた野菜を、無償で人間にくれている村のじいちゃんの姿がある。

 そう、誰も何もあの人間に対して攻撃しようとしないんだ。


 訳が分からない。だって、あの人間は家族を殺した人間かもしれないし、その仲間かもしれない。

 それに、オレ達は殺された魔王様の仇だってあの人間に償わせることができるはずだ。


 にもかかわらず、誰も何もあの人間に対して何もしようとしない。

 確かに、あの人間の行動で助けられた村の人もいた。

 しかし、たったそれだけで許せるほど、オレは生半可な世界を生きていない。


 オレは必ずあの人間を殺す。


 もしかしたら、皆不用意に攻撃して痛い目を見るのに怯えてるのかもしれない。

 そうすれば、皆目を覚ますはずだ。

 皆で協力すれば、人間なんて簡単に殺せるんだって。


 リドウィンは行動を開始した。

 まずは情報収集からだ。

 あの人間が何が好きで、普段どこにいて、どこなら一人になるのか。


 殺す方法だって限られている。

 たくさんの魔族(なかま)を殺してきたあの人間が怪我してても弱いわけが無い。


 だから、直接的な攻撃は意味をなさない。

 いくら盲目とはいえ、侮ることは出来ないからだ。

 確か、視覚を失った人は視界を補うために聴覚が発達するってバルンじいちゃんが言ってた。


 なら、力量差があっても相手を殺せる方法。それは毒だ。

 毒ならこの森でいくらでも採取できるし、隙を見て飲み物とかに仕込めば問題ないはず。


 リドウィンは民家の物陰からアイトの様子を伺う。

 じーっと見つめ、あの人間の不審な動きや隙のある瞬間を見逃さないように。


 アイトが移動してはコソコソ、コソコソ。

 足音をできる限り立てず、距離は付かず離れず。


「何してんの?」


「っ!」


 ビクッとリドウィンの体が震えた。

 思わず声が漏れそうになったが、なんとか手で口を覆うことに成功した。


 声の主を確かめようと振り返る。

 そこにはクラチがいた。

 なにやら怪しげな目でこっちを見てる。

 まさかオレの行動がバレたのか?


「な、何の用だよ」


「さっきから随分コソコソとあの人のことを見てると思って」


「お前には関係ねぇだろ!」


「そ、別にいいけど。ほら、行っちゃうよ?」


 クラチが指をさせば、リドウィンはその方向に顔を動かす。

 すると、先程まで若い男性に感謝されてたアイトが一人でどこかへ歩き出すではないか。

 このままでは見失う、と思ったリドウィンは直ぐに行動に移した。


「いいか、ついてくんじゃねぇぞ!」


 リドウィンはクラチに忠告を入れると直ぐに近くの物陰へと移動する。

 その姿をクラチはじーっと見つめていた。


 コソコソ、コソコソとリドウィンは様子を伺う。

 慎重に、バレないように、タイミングを見逃さないように。

 アイトが一人になり、近くの切り株に腰を掛けた。


 よし、今が一番良い。

 後は、さっき井戸から汲んだ水に毒草の粉末を入れたコップを渡すだけだ。

 ビビるな。これは正当行為だ。


 リドウィンはコップを持ってアイトに近づいた。


「な、なぁ、喉乾いてないか? 良かったらこれ、やるよ」


 少し声がどもってしまったが、ちゃんとイメージ通りに言葉が言えた。

 後は、この人間がコップを受け取って飲むだけ。


「......あぁ、ありがとう」


 アイトがコップに手を伸ばしていく。

 僅かにコップを渡す手が震えるが、それもこの瞬間だけだ。

 心臓がバクバクする。大丈夫、イケる――


「おっと、足が滑ったー」


 瞬間、リドウィンの体は突き飛ばされる。

 そのまま手に持っていたコップから水が宙を舞い、一緒になって地面に落ちた。

 頭に水がビシャっとかかる。


「大丈夫か!?」


 アイトがすぐにリドウィンに声をかける。

 そして、「すぐに拭くものを借りて来る」とその場を離れた。


 リドウィンは上体を起こすと、地面に座ったまま突き飛ばした犯人を睨む。


「クラチ、何の真似だ?」


 目の前にはじーっと見下ろしてくるクラチの姿があった。

 彼女は呆れた様子でため息を吐けば、言った。


「変なことをしようとしてたから止めただけ」


「変なこと? オレのやろうとしてることのどこが変なんだ!」


「その水に入ってたの。スバルタ草でしょ。

 大人でも葉を少し齧っただけで泡を吹いて倒れちゃうっていうやつ。

 あの人を殺そうとしたの? なんで?」


 淡々と聞いてくるクラチ。

 その言葉にリドウィンはイライラが募った。

 なんでって? そんなの決まってるだろ!


「皆の仇を取るためだよ! 俺の家族は人間と戦って死んだ!

 俺だけじゃない! この村に住む大抵の人がそうだ! クラチだって同じはずだ!」


「......」


 リドウィンは立ち上がる。


「皆、あの人間が来た時に睨んだり、怒ったりしていたはずだ! だから、仇を取るんだと思ってた!

 だけど、数日経った今でも誰も何もあの人間を殺そうとしない!

 だから俺がやるんだ! そうすれば皆分かってくれるはずだ!」


「何もわからないよ。少なくとも私はわからない。あの人が殺したかどうかわからないのに」


「殺してないかどうかもわからないじゃねぇか!」


 ハァハァ、とリドウィンは息切れを起こした。

 それほどまでの感情を乗せた言葉に対し、クラチはただ悲しそうな目をするだけ。


 そんなクラチの姿を見て、拳を握り、歯を食いしばるリドウィン。


「皆おかしい! なんで、行動しない!」


「同じことを繰り返さないためでしょ」




 クラチは達観した少女だった。

 年不相応に冷静な思考に、落ち着いた態度。

 表情が表に現れにくいというのが玉に瑕だが、それがクラチという少女だった。


 少女はまだ人魔戦争が起きていた時代、家族を殺された。

 父親と姉を、村に攻め込んできた人間によって。

 その人間は言っていた――仲間の仇だ、と。


 経緯はどうかはわからない。

 しかし、仲間が殺された報復に人間が殺しに来たという事実だけが残っていた。

 それが全てだった。


 クラチは分かっていた。

 この村には誰も人間に危害を加えるような人はいないと。

 なぜなら、戦争に巻き込まれないように皆が怯えて暮らしてたから。


 しかし、魔族が殺したから、村に住んでいた魔族を人間が殺しに来た。

 理由は簡単――同じ魔族だから。


 クラチは家族を失いながらも必死に逃げた。

 逃げる先で一緒に逃げていた村の人達が少しずつ消えていく。

 はぐれたり、殺されたりというのもあったが、同時に報復しに行った人達もいた。


 報復の連鎖というものを、クラチは幼いながらに身に染みるほど理解したのだ。


 やがて戦争は終わった。

 魔王が死ぬという形で。

 どんな形であれ、戦争が終わったのだ。

 これでゆっくりと過ごすことが出来る。


 誰も好き好んで戦争が終わった後に、戦争の火種となるようなことはしたくない。 

 戦争は傷つけた人も、傷つけられた人も苦しむ。

 そのように周りを見ながらクラチは思った。


「......どういう意味だ」


 現在、それがまた起きようとしている。

 一人の友達の手によって。


 ぶつけてくる視線は敵意が剥き出しだ。

 それでも止めなければいけない。

 リドウィンが死ぬのは嫌だ。


「どうもこうもそのままの意味だよ。殺したから殺し返される。これまでと一緒。

 皆家族や友達を失った苦しみがわかるからこそ、失いたくないと思う」


「あの人間を殺せば済む話じゃないか!」


「済まない。そういう風に世界は出来てる。

 報復は連鎖する。だから、どこかで止めなきゃいけない。

 逆に問うけど、なんで誰も何もしないと思う?」


「あの人間にビビってるからだろ? ミュウリン姉に助けられたとはいえ、死の森を生きてたんだからな」


「そうだった――最初は。だけど、あの人間の方から寄り添うように優しくしてくれた。

 同じ魔族の中でも怖い人はいるように、敵対している種族でも優しい人はいる。

 そうわかったから、皆は苦しみを受け入れて前に進もうとしている」


 リドウィンは腕を組んだ。顔はそっぽ向く。


「オレにはわからない」


「嘘、わかってるはず。殺したところで――」


「うるさいな!」


 リドウィンは大きな声でクラチの言葉をかき消した。

 そして、背を向けると続けて言った。


「お前には関係ない! 俺は必ず家族の仇を取る!」


「待って、リドウィン!」


 リドウィンは森に向かって走り出した。

 理由は分かる。もう一度スバルダ草を手に入れるつもりだって。


 咄嗟に手を伸ばしたが、リドウィンの背中はあっという間に遠くへ行ってしまう。

 彼の歩く道の両端にたくさんの骸骨や骨が散らばってるように見えた。

 ダメ、そっちに行っては!


「あれ、あの子は?」


「おやおや、どうしたの~?」


 アイトが戻ってきた。隣にはミュウリンの姿もある。

 クラチは目に浮かんだ涙で二人を見た。

 そして、ミュウリンに抱きつく。


「助けて。リドウィンを助けて」


 ミュウリンの服にしがみつき、震える声で助けを求める。

 ミュウリンは「大丈夫」とやさしく抱きしめた。

 アイトは背を向ける。


「ミュウリン、その子を任せていいか?」


「うん、任せて。やっぱり君は優しいね」


「......いや、きっと俺のせいだから、きっちりケリをつけるだけだよ」


 アイトは走り出した。

 その足音をミュウリンを抱きしめながら、クラチは感じ取った。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)

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