第10話 四人抜き
「いや~、今日もいいステージだったね」
「うん、やっぱり気持ち良く歌える日は平和な日って思えるよ。ありがとね~」
「なんのこれしき。俺は君が過ごしやすい環境を作るのが仕事さ。これも道案内の仕事のうち」
「サービス満点だね~」
「報酬は既に貰っておりますので。お嬢さんの笑顔でございます」
冒険者ギルドで歌を披露した後、ナナシとミュウリンが依頼に出かけていた。
依頼内容はフライラビットの複数討伐。
特に害のない魔物なので冒険者になりたての初心者にはうってつけの依頼だ。
もっとも、二人が冒険者になった理由は宵越しの金稼ぎであり、一応一日のノルマは達成している。
しかし、今後の旅を考えればあるだけあった方がいいので、散歩がてらに依頼に出てるのだ。
そんな二人の後ろから若者三人が近づいて来る。ウェイン達だ。
そして、彼らはナナシ達を呼びかけると、頭を下げた。
「助けてくださりありがとうございます! そして、ご迷惑おかけしました!」
その言葉にナナシとミュウリンは一度顔を見合わせる。
それから、ナナシはウェインに近づき、肩にポンと手を置いた。
「何が?」
「え、何がって......僕達がバルステンさんを怒らせて、それでナナシさんが殴られて」
バルステン......あぁ、もしかしてあの大男の名前だろうか、と首を傾げるナナシ。
「あ~~~~あぁ、そんなこともあったな。
すっかり音楽で気分良くなっちゃって忘れてたわ。
で、あのゴリラがどうしたの?」
「ゴリ......どうしたって......気にしてないんですか?」
ナナシのあっけらかんとした態度にウェインは困惑の表情をする。
その反応はどうやら彼だけではないようで、後ろにいるユーリとカエサルも顔を見合わせ、眉を寄せていた。
すると、ナナシは後ろに振り向き、軽快に森の中を歩き始める。
「気にしてないよ。気にして楽しめることが楽しめない方が勿体ないからね。
むしろ、俺は君達に感謝してるぐらいだよ」
「感謝?」
ナナシは再びクルッと半回転し、ウェイン達に近づいていく。
そして、ミュウリンには聞こえないように小声で言った。
「なんたって思想の種を植え付けられたからね」
それだけ言うとナナシは距離を取り、再びフライラビットの生息地に向かって歩き出す。
「人間を動かすにはね。少しコツがいるんだ。それは意見を押し付け過ぎないこと。
俺達人間は自由を妨げられることを嫌うんだ。つまり、命令されるのが嫌い。
そして、意見の押しつけは命令と同等の力を持ってしまうんだ」
「それは.......そうかもしれませんね」
「ある程度受ける側が納得できてる命令ならいい。もしくは信頼関係が出来てるとかね。
でも、それ以外の命令は自分の思想や行動の自由を邪魔するものでしかなく、反発心を生んでしまう。それが今回の君達の結果さ」
「なら、あの時、僕はどうすれば良かったんでしょうか.......?」
ウェインが悔しそうに拳を握りしめる。
その姿をナナシは魔力探知の視界で捉えながら、サラッと答える。
「何もしなくて良かったんじゃない?」
「え?」
「だって、ああいう言いあいって必ず感情的になってしまう。
そこでどちらかが相手の言い分を冷静に飲み込めたらそれでいい。
だけど、それが無理と思うなら、はなから話し合いは分が悪いんだよ。
そういう相手はより発言に大きな力を持った時にでももう一度話しかければいいのさ」
すると突然、ミュウリンが歩く速度を落とし、ウェイン達と並ぶ。
そして、彼女はニッコリ笑顔で感謝を述べた。
「ありがと~、魔族に優しくしようとしてくれて」
その言葉に戸惑ったように反応したのはカエサルだった。
「っ! いえ、そんなことは......」
「でも、良い社会勉強になったでしょ? 実際、ああいう人達がほとんどだと思うよ。
なんたって、ボク達魔族がしてきた事実が今という常識を作り上げたんだから」
「それは......」
カエサルが何か言い返そうとしたが、言葉が思い浮かばなかったのか口を閉じた。
実際、ミュウリンの言っていることは正しく、でなければ人魔戦争の歴史はない。
そんな俯いた顔をするカエサルにミュウリンは目に人差し指を当て、言葉を続ける。
「だから、君達はこれから目を養わないとね」
「......目、ですか?」
首を傾げるユーリに、ミュウリンは頷く。
「厳密に言えば心の目、かな。人類にも君達のようなわかってくれる人もいれば、さっきの冒険者さん達のように分かり合えない人もいる。
ボク達魔族だってそうさ。ボクは仲良くを望んでるけど、魔王様の意志を受け継いで再び攻撃的に出る人達もいるかもしれない」
「「「......」」」
「時には戦わなくちゃいけない場面も出てくる。それこそ生死を決めるようなね。
全員が分かりあえるとは思えない。でも、分かり合える人が多くなれば、それはきっと楽しい世界が待ってるはずだよ」
ミュウリンの言葉に胸を熱くしたのかウェイン達はより強く拳を握り、「はい」と返事をした。
「それはそうとして、あんなゴリラに声をかけるなんて随分と勇敢だね」
すると、ナナシが話題を変えるように聞いてきた。
その質問に答えたのはカエサルだった。
「俺が突っかかったんです。あいつら、ミュウリンさんが魔族であろうとなかろうと攫って売りつけようとか話してて」
「まぁ、ボクは可愛いからね~、えへへ......」
「よ、ミュウリンは世界一!」
恥ずかしがりながら胸を張るミュウリンと、全力でノリに乗るナナシ。
絶妙にシリアスな空気に乗りきらないことに、カエサルは微妙な顔をしながら話を続ける。
「それで、その後はウェインがって感じで」
「そっかそっか、なーるだね~」
すると、ミュウリンはトコトコとカエサルに近づいた。
そして、三歳差もある年下の男の子よりも低い視点からひょこっと顔を出して言った。
「ありがと~、ボクを守ろうとしてくれて」
「それは......っ!」
カエサルは顔を真っ赤にした。
彼はとっさに手の甲で口を覆い、目線を逸らしていく。クリティカルのようだ。
そして、ミュウリンの褒め言葉はなぜかユーリにまで飛んでいった。
「ユーリちゃんもね」
「わ、私もですか!? 私こそ一番何もしてないと思うんですが」
「逃げずに一緒にいたからだよ。怖くて逃げだしたくなりそうな場面でも皆のそばに居た」
「そ、それはただ怖くて怖気づいてしまっただけで......」
「ボクにはそう見えたんだ。だから、お礼」
「それはあまりにも判定が優し過ぎますよ」
ユーリもミュウリンの朗らかな笑顔に当てられ、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
誰かに感謝されて嬉しくなるのに種族は関係ない。それがわかる瞬間だった。
そんな感謝されてる二人を見て羨ましそうにしていたウェインにもしっかり狙いに来るミュウリン。
「もちろん、ウェイン君もね。あんなにしっかりと意見を言えるってカッコ良かったよ~」
「っ!」
漏れなくウェインも照れた。
そこへナナシが慌ててミュウリンの両脇を持ち上げ回収。
「はいはい、ダメダメ! ミュウリンはウチのアイドル!
推すのはアリだけど、好きになっちゃダメよ!
ウチ、そういうの厳しいんだから!
ミュウリンの相手は親の目よりも厳しい審査がされると思いなさい!」
「えへへ、ナナシさんは心配性だね~。大丈夫、ナナシさんが一番だよ~」
「見たか、少年少女達よ! このプロデューサーが一番って......え、ミュウリンさんどういう意味です? それ?」
ミュウリンはナナシに地上へ降ろしてもらうと、人差し指を唇に当てた。
「内緒~♪」
それだけ言ってミュウリンは歩き出した。
そして、蝶のようにフワフワ飛ぶフライラビットを見つけてからは、蝶を追いかける子供のように駆け出した。
その姿を見ながら、ナナシは膝から崩れ落ちる。
そっと後ろを振り返れば、そこには同士がいた。
四人は頷き合い、胸に溜まった言葉を叫ぶ。
「「「「可愛い~~~~~!!!」」」」」
見事ミュウリンにハートを打ち抜かれたナナシ達であった。
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