円徳寺 ラナ 42
手に持ったナイフに引っ張られながら、私は叫んだ。
「遠野さん! よけて!!」
が、遠野さんは手をひろげて立ったまま。
焦った私は更に叫んだ。
「私、遠野さんと縁を切りたくないっ! 刺してしまったら、切れるんでしょう?! もう友達なのに!」
「え……友達……」
遠野さんが驚いたように私を見た。
その瞬間、ナイフの勢いがとまった。
刺す寸前で、なんとか、遠野さんをよけた。
が、その拍子に、私はバランスを崩し、そのまま、隣の壁に勢いよくぶつかった。
あれ? でも、おかしいよね……?
私は今、ナイフを手にして、壁につっこんだ状態。
なのに、ナイフが壁にあたった感触がまるでない。
でも、手にはナイフがにぎられている。
どういうこと……?
手元を見た。
ナイフの刃は壁の中に入っていて、見えない。
そう、壁を刺している状態なのに、感触はまるでない。
すごい違和感……。
私は、恐る恐るナイフをぬいてみた。
が、これまた、なんの感触もなく、壁の中に入っていただろう刃の部分が現れてくる。
そして、完全にナイフの刃の部分が壁の中から外にでた。
壁をじっくり見てみる。
ナイフが刺さっていたところに、傷ひとつない。
つまり、占い師さんが言っていたことは本当ってこと?
このナイフには術がかかっていて、刺しても傷つくことはないって。
おそらく、ナイフの刃先は仕掛けでひっこむというより、消えたと考えたほうがしっくりくる。
刺した時になんの感触もなかったから。
私は、ナイフをじっと見た。
ナイフの柄についている紫色の宝石も、観察するように、私をじっと見ている気がする。
相変わらず、私の手に吸い付くようだけれど、不思議と、さっきまでの怖さはない。
私は遠野さんの方を向いて、声をかけた。
「このナイフ、占い師さんの言ったように、刺しても傷はつかなかった。……ねえ、遠野さん。やっぱり、縁を切りたいのは、リュウじゃなくて、ルリ? まだ、ルリに、このナイフを使いたい? 考えは変わらない?」
遠野さんは、すぐにうなずいた。
「円徳寺さん、本当にごめん……。でも、そうしたい……。傷つかないと証明されたのなら、なおさら、そうしたい……。言い訳になるけど、もっと前なら、……せめて、1年前なら、このナイフを渡されたら、迷うことなく、先輩に使ったと思う。だって、先輩がルリさんを好きなのは承知で付き合っていたけれど、やっぱり、すごく、つらかったから」
「つまり、その1年くらい前に、遠野さんの気持ちに何かあったってこと?」
遠野さんは、また、うなずいた。
「他の人だと、そんなことでって思うような事かもしれないけれど、私の先輩への思いが強くなることがあったの」
そう言って、説明を始めた遠野さん。
「1年くらい前、……ちょうど、円徳寺さんに私が近づく少し前くらいなんだけど、おじいちゃんが死んじゃったの。小さいころ、私、おじいちゃんの家に預けられててね。それからずっと、おじいちゃんが大好きだった。
遠いからめったに会えなかったけど、この世にいてくれるだけで良かったんだ。おじいちゃんが死んだ時、言葉通り、ほんとに、心に、ぽっかり穴があいて、どうしていいかわからなかった。
そんな時、大学へ来たら休みで……私、創立記念日で休みだってことも忘れてたから。また、帰るのも面倒で、私は、大学の近くの橋のところで、ぼーっと川が流れるのを見てた。何時間も……。
そうしたら、車が近くでとまって、飛び出てきたのは、先輩だった。朝、私と電話でしゃべったら様子がおかしくて、ずっと探してくれていたみたい。焦った顔で、駆け寄ってきたんだ。私が橋から飛び降りようとしていると思ったみたい。
だから、私は聞いたの。『私が死んだら、先輩は悲しい?』って。『当たり前だろう! ゆりが死ぬなんて嫌だ!』って、力いっぱい抱きしめてくれた。その時、私は先輩に必要とされてるって、心の底から実感できたの」
遠野さんは、その時を思い出しているのか、熱のこもった口調で語る。
その様子が、痛々しくて、悲しくて……。
同時に、相手の心も考えず、自分の気持ちを気まぐれにただ垂れ流しているだけの無責任なリュウの行動に、怒りが募ってくる。
遠野さんは、更に話を続けた。
「その時、私の先輩への思いがもっと強くなった。おじいちゃんがいなくなってあいた穴も、先輩がふさいでくれた感じ。先輩の存在が私の中で絶対になった気がするの。先輩さえいてくれたら、何があっても、私は大丈夫だって思えるほどに。……なのに、先輩は、そのすぐ後に、ルリさんに本気になって、私を完全に捨てた。……でも、私の気持ちは、切り替えられないよ! 私の心から先輩がいなくなったら、私の心に穴があくどころか、心が全部なくなってしまう!」
遠野さんの悲痛な声が、私の部屋に響いた。
どう声をかけていいかわからない。とりあえず、落ち着かせないと!
「このナイフを使って、ルリを私が刺したとしても、遠野さんにとっていい結果になるかはわからない。でも、どうにかするから、私に任せて」
そう言って、遠野さんをなだめた。




