円徳寺 ラナ 26
ついに、ルリが退院してきた。
お母様は期待していたみたいだけれど、家に帰ってもルリは何も思い出さなかった。
それどころか、色々なものに驚き、物珍しそうに、家の中を見てまわるルリ。
その日の夕食は、ルリの退院のお祝いで、全て、お母様が手配した。
ルリが好きだったレストランのシェフに出張してもらい、コース料理をだしていただくよう。
記憶がなくて不安だから、まだ家族にしか会いたくないと言うルリの希望で、家族以外はリュウだけがお母様に招待された。
ルリが階段から落ちて以来、リュウはルリに会っていない。
今日が初めてだ。
あんなに変わってしまったルリを見て、リュウはどう思うんだろう……。
以前の仲の良い二人の姿が目に浮かび、心がざわつく。
といっても、リュウが、また、ルリを好きになるかも……という不安じゃない。
それよりも、その頃の家族に戻ってしまうのでは、という不安。
今の穏やかな状況から、また、前のきつい状況に戻ってしまうのでは、と頭をよぎる。
夕方、人気店のお菓子を手土産に、訪ねてきたリュウ。
「ルリ、退院おめでとう」
リュウは、にこやかに、ルリに声をかけた。
が、その顔に、以前、ルリに接していた時のような親しさは感じれられない。
どこか他人行儀で線引きした顔。
やはり、ルリが階段から男性のことで、突き落とされたことを気にしているのかな……。
「ありがとうございます」
ルリも完全に他人行儀な顔で返事をした。
まあ、こちらは記憶がないから当たり前だけどね。
すると、お母様が、すかさず、ルリに説明を始めた。
「リュウ君はね、ラナの婚約者で、もう家族みたいなものなの。ルリも懐いて、とてもかわいがってもらってたわ。リュウ君とルリの二人で舞台を見に行ったりするほど、仲が良かったのよ。ねえ、リュウ君」
お母様が、ルリとリュウを見比べて、嬉しそうに微笑んだ。
あわてたように、リュウがちらりと私を見た。
「ぼくとルリが二人で舞台を見に行ったのは、ラナが忙しかったから、誘うのを遠慮したんだよ。ルリは、あの舞台を見たがっていたし。ルリは、ぼくにとったら、かわいい妹だから」
そう言って、いつもの人当たりの良い笑みをルリに向けたリュウ。
「……そうですか」
ルリは、まるで興味がなさそうに答えた。
大きく目を見開いたリュウ。
「ルリ、本当に感じが違うね……。なんだか、別人みたいで、驚いたよ」
「記憶がないから、変なことを言ってしまったら、すみません」
これまた、ルリが礼儀正しく、淡々とリュウに言った。
そして、お父様が帰ってくるのを待って、ルリの退院祝いの夕食会がはじまった。
すぐに、私は目を奪われた。
というのも、ルリの食事をする所作が、あまりにきれいで優雅だったから……。
以前のルリとはまるで違う、圧倒的な品の良さ。
つい、食べるのも忘れて、見とれてしまった。
両親もリュウも黙り込み、ルリが食べるのを食い入るように見ていた。
そんな時、リュウを見て、私は気がついた。
ルリを見るリュウの目が明らかに変わったことに……。




