円徳寺 ラナ 25
ルリが退院する日が決まった。
ルリの記憶はまるで戻ってはいないけれど、通院で良いとの許可がおりた。
ルリの退院が決まってから、お母様は大喜びで、ルリを迎え入れる準備をしている。
私もお母様を手伝い、掃除をするため、久々にルリの部屋に入った。
派手な色目の家具や派手な色のカーテン。
目がチカチカする……。
以前のルリは派手な色や過剰なほどの装飾が大好きだった。
でも、今のルリならシンプルなものが好きそうよね。
それなのに、こんな部屋だと落ち着けないと思う。
せめて、濃いピンク色でフリルだらけのカーテンだけでも替えられたらな……。
私はお母様に言ってみた。
「あのお母様。もし、良かったら、カーテンを取り替えていいでしょうか? 私からルリへの退院祝いにしたいので」
その瞬間、お母さまの顔がきつくなった。
「あら? このカーテン、私がルリと一緒に選んだ高級品よ。ルリがとっても気に入っていたのに、何故、替える必要があるの?」
その声は不満げで、私を責めるようなものが含まれている。
思わず、体に力が入った。
今までの私なら、お母様がこんな口調になった時は、ただおびえるか、あわてて謝るか、どっちにしても、それ以上、反論することなど絶対にしない。
でも、今のルリを思うと、せめてカーテンだけでも落ち着くものに替えておいてあげたい。
だから、思い切って、私はお母様に言った。
「ルリは、今、記憶がないので、好みが変わってしまっているかもしれません。ルリに好きな色を聞いて準備しますので、もし、ルリが望めば替えさせてください」
そう言ったあと、緊張しながら、お母さまの反応を待っていると、お母さまが、さっきとはまるで違う穏やかな声をだした。
「そうね……、ラナの言う通りだわ。今のルリは記憶がないもの。じゃあ、ラナ。ルリの希望を聞いてみてちょうだい」
ほっとして一気に力がぬける。
お母様は、そんな私をじっと見て言った。
「ラナ。ルリは記憶が戻ってないから、今まで以上に、ルリのことを考えてあげてね。ラナならできるわよね?」
「……はい、お母様」
私の返事を聞いて、お母様は満足そうに微笑んだ。
それから、ルリに好きな色を聞くと、淡い色が好きだと言った。
やっぱり、以前のルリとは正反対だ。
カーテンを見に行こうとすると、お父様から話を聞いたらしいリュウが一緒に行くと言い出した。
時間をかけてゆっくり選びたいから一人で行くと断ったけれど、お父様に「リュウ君とふたりで選んで来なさい。ついでにゆっくりデートでもしてきたらいい」そう押し切られた。
いつのまにか、お父様はリュウを信頼しきっている。
お母様も同じで、リュウの言うことは素直に聞く。
結局、お父様とリュウも一緒に退院祝いを贈ることにして、カーテンだけではなく、寝具も買うことにした。
そうすれば、部屋全体の色味は大分落ち着くと思う。
今のルリを思うと、淡い紫色がしっくりくる気がした。
だから、淡い紫色とベージュでまとめることにした。
数日ぶりに大学に行くと、遠野さんが駆け寄ってきた。
森野君のメールを思い出し、身構える。
遠野さんのことをちゃんと観察して、どんな人なのか森野君に報告しなきゃ……。
私はいつもと違って、用心深く、遠野さんの一挙一動を見て、話しを聞いた。
遠野さんは、いつものように、一方的に話すだけ話すと、「じゃあ、またね」そう言って、去って行った。
その夜、私は気が付いたことを、森野君にメールで送った。
遠野さんが、私に話しかけてくる内容はあたりさわりのないことばかり。
洋服のことだったり、食べ物のことだったり。
どれも、遠野さん自身がどんな人か、想像できるような話はしていない。
どう考えても、害はないと思う。
連絡先を交換しようともいわれてないし、ましてや、何か勧誘されてもいない。
だから、森野君、安心して、というようなことを書いて送った。
翌朝、森野君からメールがきていた。
◇ ◇ ◇
メールありがとう。
正直、遠野という学生のこと、円徳寺のメールを読んでも、安心するどころか俺の疑いは消えない。
なんとなくだが、あたりさわりのない話だけを一方的にして去っていくっていうのが、円徳寺に、まずは、自分を慣れさせようとしているように思えるんだよな……。
しかも、自分を隠して。
つまり、慣れさせたその後に、何か本当の目的があるような気がする。
まあ、俺の心配のしすぎで、単に、円徳寺と話しをしたいだけかもしれない。
本人を見ていないので、何とも言えないが……。
が、円徳寺の言うとおり、今の会話だけなら危険はないようだな。
でも、何か変わったことを言ってきたりしたら、気をつけろ。
そして、気になったことがあれば、ささいなことでも教えて欲しい。
あと、確かに、俺は遠野という学生について教えて欲しいと、前回のメールに書いた。
が、それ以外のことも書いて欲しい!
遠野っていう人物の情報しか書かれていないと、報告書みたいで、ちょっとがっかりするんだが……。




