挿話 あの後のこと 1 (ダグラス視点)
今回は、ダグラス視点の挿話になります。ダグラスが、王宮から、ルリを連れだした後のお話です。
魔術で閉じていた扉をあけて、部屋に入った。
派手な装飾をほどこした趣味の悪い部屋。
自分で指示したものの、入るだけで、げっそりとする部屋だ。
何故、そんな部屋を用意したのか。
それは、この部屋を喜びそうな客を、しばらく監禁……いや、引きとめておくためだ。
で、今日、予定どおり、王宮から連れてきた。
黒目黒髪の異世界からきた女。
偽物の聖女だったルリだ。
部屋に案内するなり、ルリは嬉しそうな声をあげた。
「うわああ、豪華な部屋! 私、こういうの好き! ここで一泊してから、明日、伯爵様のお屋敷に向かうの!?」
「その予定だったのですが、実は伯爵が体調を崩されたとの連絡が入りました。幸い、軽い症状ですが、ルリ嬢を万全の状態でお迎えしたいとの伯爵本人のご希望です。そのため、申し訳ありませんが、伯爵のお身体がよくなるまで、こちらで滞在して、お待ちいただくことになります。そこのクローゼットの中には、ドレスもありますから」
私が説明すると、ルリは、すぐさま開いたままにしてあるクローゼットに近づいた。
ここでも、また、嬉しそうな声をあげたルリ。
「うわああ、なんて素敵! これ、全部、私のためのドレス?」
「ええ。伯爵から、ルリ嬢への贈り物です」
「え、すごーい! うれしい!」
欲のはらんだ目で喜ぶルリ。
その様子に、思わず笑ってしまいそうになる。
とういうのも、クローゼットにぎっしりつまっているのは、私が従者に指示をだし、調達してきてもらった古いドレス。
そこに私が「望むものが見える」という術をかけている。
やはり、ルリには、よくかかっているようだ。
物事の本質を見ぬく者にはかかりにくく、物事を見かけでしか判断しない者には、かかりやすい術だ。
ルリは浮かれた様子で、クローゼットの中から、一枚の古びた地味な色のドレスをとりだした。
「このドレス、素敵! 真っ赤で豪華で、私にぴったり! ねえ、ダグラスさん。着替えてもいい!?」
「もちろんです。あちらの寝室には、大きな鏡もありますから。そちらで着替えられたらいいでしょう」
そう言って、寝室へ続く扉を手で示した。
もちろん、その鏡にも、「望むものが見える」という術をかけている。
さぞかし、美しく着飾った自分の姿が映ることだろう。
ルリは、ドレスをだき抱えたまま、私にすりよってきた。
そして、色の含んだ目で、私を見上げて、ねっとりした口調で言った。
「この素敵なドレスを着た私を、一番に、ダグラスさんに見てもらいたいな。だから、ここで待っててね」
気持ちが悪くて、思わず、魔力を放ちたくなる。
が、なんとか我慢して、答えた。
「光栄ですよ」
ルリは頬を染めて、バタバタと寝室へと入っていった。
王宮から、ここまで連れてくる間に、ルリがどんな人間なのかが、よくわかった。
自分勝手で強欲。
どこを探しても品性も知性も貞操観念も見当たらない。
やたらと私を触ろうとしてくるし、欲をはらんだ目で見てくる。
正直、不快すぎて、一刻も早く、視界から消してしまいたい衝動にかられる。
が、まだ、ダメだ……。
この女の第一印象は、王太子妃になりたいだけの浅はかな女。
だから、ムルダーに利用され、結果としてクリスティーヌ嬢を苦しめる一端を担わされたのだろうと思っていた。
そのため、あのクリスティーヌ嬢の惨劇を目にした今なら、多少なりとも、後悔したり、反省したりもしているだろうと思っていた。
だが、ここへ移動する馬車の中、正直に答えるよう術をかけて確認したところ、この女には、そんな気持ちはみじんもないことがわかった。
それどころか、婚約者を奪われたほうが悪い、自死したほうが悪い、などと、言い出す始末。
同情する余地など何もない。
遠慮なく、それ相応の報いは受けてもらおうと決めた。
弟の大事なクリスティーヌ嬢を苦しめ、ひいては、弟を苦しめたのだから……。
ひとおもいに魔力で消すなど、そんな温情をかけるわけにはいかない。
読んでくださっている方、ありがとうございます!




