円徳寺 ラナ 19
「そうだね。お母様のことは、私もそう思う……」
「それなら、距離をとったほうがいい。今なら、無理を言えば、留学の話は……」
身をのりだして話してくれる森野君を、私は遮った。
「ごめん、森野君。私もすごく行きたいけれど、やっぱり、今は留学には行けない。正直、記憶をなくしたルリのことは、自然と妹として心配できるの。今のルリは、いくら優秀でも、知らないことが多すぎる。そんなルリを残して留学には行けない」
「いや、でも、あの母親だぞ?」
「うん。……でも、ほら、さっきも言ったけど、お父様も謝ってくれたから。今のルリと今のお父様なら、前みたいにはならないんじゃないかって思うの……」
「謝ったくらいで、あの母親と妹を好きにさせてきた父親を信用できるのか!?」
「ううん。信用できるというよりは信じたいと思ってるだけ……。それは、お父様だけじゃなくて、今のルリもお母様もだけど……。だから、私、もう一度がんばってみる」
何かいいかけて、言葉を飲み込んだ森野君。
複雑そうな顔で言った。
「そうか。……じゃあ、あと、ひとつ、聞いていいか?」
「なに?」
「妹にたらしこまれていた婚約者のことだけど」
「え、……いや、たらしこまれてたって……」
「それだけじゃあ、足りなかったな。クソ妹にたらしこまれた馬鹿で、しかもクズか……」
吐き捨てるように言った森野君。
言葉も悪いけど目つきも怖いよ……。
「ええと、森野君、……もしかして、怒ってる?」
「ああ、怒ってる」
「……とりあえず、ごめん」
と、謝ってみた。
「いや、円徳寺に怒るわけないだろう? 怒っているのは、そのクズな婚約者にだ。妹が男関係で階段から落とされたとたん、態度をかえて、円徳寺にすりよるなんて、クズすぎるだろう?」
と、吐き捨てるように言った森野君。
あ、リュウのことか…。
私のかわりに怒ってくれたみたいで、森野君の言葉にすっきりする。
「そんな奴と、本当に結婚するつもりか……?」
森野君が真剣な顔で聞いてきた。
「……うん。そうだね」
「好きなのか?」
そう聞いた森野君の瞳が不安そうに揺れている。
正直、リュウが好きという気持ちは全くない。
この7年、ルリとベタベタしていた姿をずっと見せられてきたから。
でも、私の気持ちより、リュウと結婚して会社をつぐことがラナの役目だから。
謝ってくれたお父様に期待するだけじゃなくて、ちゃんと家族になるためには、私もラナとして役目を果たさないといけない。
そもそも、私に選ぶ権利はないし、婚約者としてリュウと向きあう努力をしないと……。
だから、私は森野君に初めて嘘をついた。
「うん、そうだね。好き、かもしれない……」
森野君が大きく目を見開いた。
そして、私の心を読もうとするかのごとく、鋭い視線をなげてきた。
思わず、私は視線をそらして、うつむいた。
沈黙のあと、
「円徳寺……俺は……円徳寺のことが……」
と、森野君が何か言いかけたので、思わず顔をあげた。
目があった。
思いつめた顔をしている森野君。
「どうしたの……?」
森野君は、はっとしたように、首を横にふった。
「悪い……。円徳寺を困らせることを言いそうになった。しばらく、そばにいられない俺が、今、無責任に言っていいことじゃないのに……」
え? どういうこと?
すると、森野君は苦しそうな顔で言った。
「俺の留学が早まった。来週、イギリスに出発する」




