円徳寺 ラナ 15
お父様が私を呼んだ。
「ラナ、こっちへ来て座りなさい」
「……はい、お父様」
私は、空いている椅子にすわった。
「リュウ君は昨日も来てくれたらしいな。その時、ラナが疲れているように見えたから、心配して、今日も来てくれたんだ」
お父様が嬉しそうに言った。
「ラナは、昨日、ちょっと様子がおかしかったし……。ラナは、いつも、がんばりすぎるから、ルリのことで無理しているんじゃないかと思って心配になったんです。僕jが会いに来ても助けにはならないだろうけれど、いてもたってもいられなくて……」
心配そうな顔をして、言い募るリュウ。
は? 何を言ってるの?
私は、今までのほうが、ずっと、苦しくて、ずっと無理をしていた。
そんな時も、リュウはルリばっかり見ていたくせに。
なんで今更……。
思わず、そう言いたくなったけれど、ぐっと飲み込んだ。
そして、当たり障りのないことを返した。
「私は無理はしていないし、本当に大丈夫よ。リュウ、心配してくれて、ありがとう」
でも、リュウはひかなかった。
「ほら、また、そうやって、ラナは我慢するだろう? だから、心配なんだ」
リュウの言葉に、声をあげて笑ったお父様。
「ふたりとも、うらやましいくらい仲が良いなあ」
え、仲がいい……?
なんでそう思うのかわからず、思わず、お父様を見た私。
すると、お父様は、全部、わかっているとでもいうように、大きくうなずいて見せた。
「リュウ君はラナを心配し、ラナはリュウ君を心配させまいとする。お互いを想い合っているふたりを見られて、私は安心した」
いや、全然、違います!
あまりに見当はずれなお父様の言葉に、思わず、心の中で叫んだ。
それなのに、リュウは恥ずかしそうに、お父様に言った。
「ラナは、ぼくにとったら、かけがえのない大事な存在ですから……」
お父様は嬉しそうにうなずいているけれど、私としてみれば、さっきから、なんで、リュウは嘘をつくのか意味がわからない。
すると、お父様が真剣な顔になり、いきなり、私に向かって頭をさげた。
「お父様?! 一体、何をしているんですか?!」
私は、驚いて言った。
「今まで、すまなかった、ラナ」
え……?
もしかして、お父様が謝ったの?
私に……?
とまどう私に向かって、頭をあげたお父様が言った。
「リュウ君が、さっき、ラナは我慢すると言っただろう? そうさせているのは、私たちのせいだと思ったんだ。ずっと、ラナには我慢ばかり強いてきたからね。体が弱かったルリを散々甘やかし、どんどんわがままになっていくルリの面倒をみさせた。そして、ルリのことしか考えていない母親が、ラナにつらくあたっていたことも知っている。……私はね、もともと、今の会社の一社員だったんだ。が、妻の父である、前社長に仕事ぶりを認められて、婿養子に入った。だから、妻には強くでられなくてね。言い訳にもならないが、ラナをかばうことすらできず、逃げた。本当に、申し訳なかった……」
お父様はそう言って、もう一度、頭を下げた。
「……」
なんて返事をしていいのかわからなくて、言葉がでてこない。
お父様は更に話を続けた。
「ラナには、将来、会社を継いでもらう。そのために、リュウ君との婚約も決めた。勝手な都合を押し付けてしまったから、せめて、お互いが好きになれる相手であることを願っていた。ラナは優秀で努力家だ。私より良い経営者になるだろう」
そう言って、お父様が私に微笑んだ。
こんなに優しいお父様の笑顔、初めて見た。
それに、私を後継者として認めてくれているのは、正直、嬉しかった。
ラナとして、がんばってきたことを認めてくれる人がいる。
だったら、やはり、リュウとのことも、色々な思いにふたをして、お父様の言う仲の良い婚約者になれるよう、努力していったほうがいいよね……。
記憶のないルリは優しい妹になり、お母様も最近は怒ることはない。
円徳寺の家に来て、はじめて、穏やかな時間を過ごしている。
例え、表面的であったとしても、壊したくない……。
だから、私はお父様に言った。
「大丈夫ですよ、お父様。私、リュウが婚約者で良かったと思っていますから」
その瞬間、リュウの顔がぱあっと明るくなった。




