円徳寺 ラナ 13
目覚めたルリは記憶をなくしていた。
主治医の先生からは、おそらく、一時的なものだろうと言われたけれど、大丈夫なのか不安になる……。
だって、ルリは自分やまわりのことだけでなく、日常、あたりまえに知っているようなことですら記憶がなかったから。
例えば、病室のテレビをつけた時も、目を見開いて驚いたり、それどころか、信じられないことに、ここが「日本」という国だということもわからなかった。
そんなルリを見て、お父様も心配そうにしているのに、何故か、お母様は、楽しそうに色々なことを説明している。
しかも、ルリが目ざめてから、ずっと、私にも優しい態度をとり続けてくれているお母様。
今までのように、「ルリの姉なんだから……」と、厳しく叱られることもない。
それどころか、「さすが、ラナはルリのお姉さんね」と、褒めてくれた。
というのも、私が記憶のないルリのために、子ども用の図鑑とか写真集などを買っていくと、ルリがとても喜んでくれたから。
でも、今までのルリだったら、本をプレゼントしても絶対に興味を示さなかったのに不思議……。
とはいえ、先日、お母様の言った、「私の娘はルリだけなのに!」という言葉は、私の胸に刺さったままだ。
でも、お母様に優しくされると、その傷が治ったわけではなくても、表面的には癒されたような気持ちになる。
「そのまま、忘れてしまえ」という心の声が聞こえるよう。
今度こそ、娘として認めてもらえると期待してもいいのかな……。
そんなお母様以上に変わってしまったのが、やはり、ルリだ。
さっきみたいに本が好きだと言うこと以外にも、「え? 本当にルリなの?!」と、驚くようなことが多々ある。
というか、以前のルリと同じなのは見た目だけかもしれない。
まるで表情が違うから、顔かたちが同じでも、受ける印象はまるで違ってくるのよね。
まず、その態度。
物言いが丁寧になり、今までにはない謙虚な態度で人に接するようになった。
表情もあざとさが消えて、いつも、おだやかな顔をしている。
なんというか、品が出たように思う。
他にも、あんなに自分のことしか考えていなかったルリが、両親や私の体を気づかってくれたりもする。
しかも、更に不思議なのは、色んな記憶をなくしているのに、教えらえたら、それを、ものすごい速さで学んでいっているということ。
勉強が嫌いで努力もしない。
物覚えもいいほうじゃなかったルリが信じられない……。
記憶のない今のルリは、勤勉さが感じられる。
長年、勉強してきた人に見えてしまうのよね……。
つまりは、まるで別人みたい。
お母様は、そんなルリの変化に、「さすがはルリね。やる気になったら、すごいわ!」と、手放しで喜んでいる。
ルリはとてもいい子になり、お母様は優しくなった。
この病室内で過ごす今が、円徳寺家の養女になって、一番、おだやかな時間を過ごせていると思う。
私が、ずっと夢見ていた普通の家族みたいに……。
お母様だけをルリのそばに残し、私は先に家に帰った。
すると、玄関先にはリュウが立っていた。
そういえば、ルリが階段から突き落とされて以来、リュウと会うのは初めてだったわ。




