円徳寺 ラナ 12
主治医の先生の許可を得て、ルリの病室に入った。
ルリの目が開いているのを見て、心からほっとする。
お母様がルリにかけより、泣きながら言った。
「ルリ……! 意識が戻って良かった……」
でも、ルリのお母様を見る目に違和感を感じた。
まるで、知らない人を見るような……。
そして、隣にいるお父様と私にも、同じような視線をむけてきた。
まだ、目がさめたばかりだし、頭がはっきりしないのかも……。
そう思った時には、ルリは、もう、目を閉じていた。
そして、私たち3人は、病室の中で、ルリが再び目をさますのを待っている。
すると、お母様が私にむかって、「ラナ」と呼んだ。
ルリが階段から突き落とされてから、お母様が私の名を呼んだのはこれがはじめてだ。
思わず、体に力が入る。
「はい、お母様」
「今のうちに、ごはんでも食べてきたら? まだ、食べていないんでしょう?」
そう言って、優しく微笑んだお母様。
私を気づかうような言葉をかけてくれたことに、驚きすぎて、とっさに返事ができない。
とまどっていたら、「そうしなさい、ラナ。ルリはもう大丈夫だから」と、お父様も言った。
「では、ちょっとなにか食べてきます……」
そう言って、病室をでた。
歩きながら、私はぼーっとしていた。
というのも、お母様の変わりように思考も心も追いつかないからだ。
ルリが目をさまさない間、お母様は危ういほどの精神状態だった。
お母様は、いつも、ルリを守るように寄り添い、私やお父様にきつい物言いばかりをしていた。
まわりの全てが敵に見えているような感じ。
そんなある日、私の顔と、眠ったままのルリを見比べたお母様が、ふりしぼるように叫んだ。
「なんで、あなたじゃなくて、ルリなのよ?! 私の娘はルリだけなのに!」
お父様が、「おい、なんてこと言うんだ!」と、すぐにお母様を止めた。
そして、私に、「ラナ、すまない。お母さんは、今は正常じゃない」と、あわてたように謝った。
「わかっています、お父様」
そう言ったものの、私には、それがお母様の本心だと腑に落ちた。
私はラナとして、がんばってきたつもりだったけれど、まだ、娘と認めてもらえてなかったんだ。
私に何が足りなかったんだろう……。
どれだけ考えても答えはわからない
あれ以来、私の心には、お母様の言葉が刺さったままだ。
そして、再び、ルリが目をあけた。
ルリは今度は意識もしっかりしているらしく、言葉もでる。
でも、記憶が戻っていないようで、自分がだれかを聞いてきた。
そして、鏡を見たいと言われた。
鏡を渡すと、食い入るように自分の顔を見ているルリ。
驚いたような様子だ。
表情も、言動も、今までのルリとまるで違う。
本当に別人のよう。
そんなルリに、いろんなことを嬉しそうにお母様が伝えている。
お父様も横でにこにこしながら、会話にまざっている。
すると、ルリが言った。
「あの……私は、なぜ、ここに? ちょっと、記憶がなくて……」
その瞬間、お母様の顔が憎しみに染まった。
「ルリは学校の階段から突き落とされたのよ! しかも、同じクラスの女子生徒だなんて、信じられないでしょう!? なんて、恐ろしいの!」
「突き落とされた……?」
「ええ。でも、安心して! もう、警察に捕まってるから」
ルリが不思議そうな顔をした。
まるで邪気のない顔は、やっぱり、別人みたい。
記憶がないと、ここまで人って変わるものかしら……?
両親の後ろに立って、観察するように見ていたら、ルリと目があった。
ルリもまた、私を探るように見ていた。




