円徳寺 ラナ 9
それから、私は真剣に留学について調べ始めた。
大学での休み時間、留学の本を読んでいる私を見た森野君は、ものすごく嬉しそうに言った。
「ちゃんと考えてくれてるんだな」
「うん。しっかり考えてる。こんなに自分のことばかり考えるのって、初めてかもしれない。5歳で養女になってからは、ルリのことばかりだったから。自分がしたいことを考えるのって、とっても楽しいね!」
そう言って、森野君に笑いかけた。
すると、森野君が私の頭のほうに向かって手を伸ばしてきた。
が、途中で、はっとしたように手をひっこめた。
「ん? どうしたの?」
「いや、悪い……。つい、頭をなでそうになった。邪気のない円徳寺の笑顔が健気すぎて、思わず、親戚の5歳の子どもとかぶった……」
「5歳? 50歳のほうが、まだわかるけど……」
「はあ? いやいや、それこそあり得ないけど、なんで?」
「だって、私、大人びていると言われることはあっても、幼く見られたことなんて一度もないんだよね。そうそう、7歳ぐらいの時、同級生の男の子に、『円徳寺は、中におばさんが入ってる』って言われたこともあるよ。だから、5歳よりは50歳のほうが近いかなあって」
「円徳寺は子どもでいられなかったんだな……。あー、やっぱり、その時の円徳寺の頭をなでたい! 俺がその場にいれば、そんなにがんばらないでいいよって、声をかけたのに」
そう言って悔しがる森野君を見て、心の奥があたたかくなる。
7歳といえば、私が円徳寺の養女になって2年が過ぎた時だ。
姉として、もっとルリを気づかって行動しなさいと、顔を見る度に、お母様に注意されていた。
だから、その頃の記憶は、どれもルリに関することばかり。
ルリが熱をだした日は、ちょうど学校の遠足で、私がそのまま遠足に行こうとしたため、お母様に「ルリがかわいそうだと思わないの?」と叱られ、学校を休まされたこと。
ルリにせがまれ、かくれんぼをしていたら、ルリが熱をだしてしまい、「私のせいで熱がでた」と、お母様に叱られたこと。
だから、ルリが「また、かくれんぼがしたい」と言った時、断ったら、大泣きしたため、お母様に「何故、ルリがしたいことをしてあげないの?」と、叱られたこと。
こんな感じで、ルリのことで右往左往する日々を送っていた私。
どうやったら、お母様に叱られないようなルリの姉になれるのか、毎日、不安でいっぱいだった。
不安で孤独だった7歳の私は、いまだに、ずっと私の中にいる。
そんな自分が、森野君の言葉を聞いて喜んでいる。
「私を気にかけてくれて本当にありがとう。森野君」
心からお礼を言うと、森野君が恥ずかしそうに微笑んだ。
それから、私は留学について、考えて、考えて、考えぬいた。
そして、申し込みの締め切りが近づいてきたころ、やっと決心がついた。
やっぱり行きたい!
明日、大学で森野君にそう伝えよう。
覚悟を決めると、なんだか、わくわくしてきた。
こんな気持ち、初めてだ……。
そんなことを考えながら、明日の大学の準備をしていると、ルリが私の部屋を訪ねてきた。
あわてて、留学資料を隠し、部屋の扉をあけた。




