円徳寺 ラナ 6
森野君が私に差しだしてきたのはパンフレットだった。
「イギリス留学……?」
森野君がうなずいた。
「うちの会社が支援する留学なんだ。試験はあるけど、円徳寺の語学力なら大丈夫だろう。受けてみないか?」
「留学か……。私には縁のないことだと思って、考えたこともなかったな……」
「円徳寺の好きな物語ーの舞台になった場所もめぐれるぞ。ほら、以前、見てみたいって言ってただろ? あ、もちろん、俺もつきあうし」
うわあ、夢みたい……。
でも、俺もつきあうって、どういうこと……?
「もしかして、森野君、イギリスに留学するの!?」
「ああ。もうすぐ、留学する予定だ。だから、俺と一緒に行かないか?」
「一緒に……?」
驚きすぎて目を見開いた私を見て、森野君がはっとしたように言った。
「あ、いや、……一緒って言っても変な意味じゃない! 一緒に住むわけじゃないし……って、そんなこと当たり前か……。何言ってんだ、俺……。ええと、まあ、とにかく女子寮があるから、住むところは心配しなくていい」
普段は冷静な森野君があせる姿がおかしくて、思わず、笑ってしまう。
「わかったから落ち着いて。そんな留学ができたら夢みたいだよね……。でも、残念だけど、私にはその提案を受ける資格はないかな」
「資格……?」
「うん、私はルリのそばに守るのが役目だから。ルリのためならともかく、自分のために留学する資格はないんだ」
「は? なんだその資格!? ……やっぱり、円徳寺はあの家族から物理的に離れたほうがいい」
「でも、円徳寺家が私を養女としてひきとって育ててくれたのは、ルリのためだから。私の役目を放棄することはできないよ……」
森野君が真剣な眼差しで私を見た。
「何度もいうが、円徳寺は、あの家族の奴隷じゃない。理不尽なことに従う必要なんてない。あいつらのことじゃなくて、自分のことを考えるんだ。円徳寺が留学に行きたいと言うのなら、俺はなんでもする」
「……でも、お母様もルリも絶対に許さないと思う。森野君の気持ちは嬉しいけど、無理だよ……」
「無理なわけあるか! 自分で言うのもなんだが、俺って、まっすぐでいい奴に見えるだろう?」
「いや、それ……自分で言う? まあ、でも、そうかな……?」
とまどいながら、そう答えた私。
「が、正直、そうでもない。円徳寺に嫌われたら嫌だから、黒いところは見せないようにしているが、必要なら、裏から動くのも得意だ。例えば、そうだな……。俺の父親でも使って、円徳寺の父親に圧をかけるとか。父親の弱みもいくつか握ってるし、簡単だ」
「え、森野君? なんか、感じが違うんだけど……」
驚く私に、ふっと微笑んだ森野君。
「つまり、円徳寺の気持ち次第だ。留学に行きたいなら、行きたいとそう言ってくれるだけでいい。あとは俺がなんとかする」
私にとったら、想像すらしなかった、夢のようなお誘い。
もちろん、行きたい!
でも、そう思った瞬間、ものすごい罪悪感が押し寄せてきた。
やっぱり、無理だ……。
「ごめん、森野君。私、行けない……。ラナとして、そんな勝手なことできないよ」
「行けない、じゃない。行きたいか、行きたくないかで答えてくれ。いいか、人のことじゃなくて、自分のことだけ考えろよ。申し込みの締め切りは1か月後だ」
森野君は、そう念押しすると、他にも留学の資料を手渡してくれた。
◇ ◇ ◇
家に帰り、部屋で森野君からもらった資料を読んでいると、ドアをノックする音がした。
この音は、ルリか……。
私は、あわてて留学の資料を本棚にしまいこむ。
ルリは本は読まないから、本棚には近寄りもしない。
「どうぞ」
声をかけると、すぐに扉が開いた。
「ラナお姉ちゃん!」
にこにこしながら、上機嫌で私の部屋に入って来たルリ。
その表情を見たとたん、ルリの用が手に取るようにわかった。




