円徳寺 ラナ 5
大学から帰ってきたら、家の前にルリがいた。
知らない少年といるが、なにやら、言い争っているように見える。
少年はルリと同じ高校の制服だ。
あわてて、近づいた私。
「ラナお姉ちゃん!」
私に気が付いたルリが助けを求めるような声をだし、縋りついてきた。
ルリを守らないと! という長年の習性で、とっさにルリをかばうようにして、少年の前に立ちはだかった。
「姉ですが、ルリに何か?」
できるだけ、威圧するように声を低くしてみる。
はっきりいって、勉強ばかりしてきた私は全く腕におぼえはない。
それどころか運動神経も悪い。
もし殴りかかられたら、避けることすらできず、一発で倒されることは簡単に予想できる。
が、ルリを守るのはラナでいるための重要な私の役目。
目の前に立っている少年を観察してみる。
黒髪でごく普通の髪型。
制服もきっちりと着て、今時、珍しいくらい真面目そうな雰囲気の少年だ。
なにより、その表情が悲壮感いっぱいで、今にも泣き出しそうだ。
「ルリさんと話したくて……」
顔色の悪い少年がふりしぼるように声をだした。
「だから、私には話はないの!」
「僕にはある! せめて、僕の何が悪かったのか教えてほしい……」
少年が泣きそうな顔でルリに懇願している。
どうみても、ルリよりも少年のほうが弱そう……。
ルリが少年に対して理不尽なことをしたのでは? と、勘ぐってしまう。
その時、家の中から、お母様がでてきた。
「お母様!」
ルリが駆けよっていく。
面倒なことになった……。
「ルリ! 窓から声が聞こえたんだけど、大丈夫?」
そう言いながら、少年をにらむお母様。
少年の顔色が更に悪くなり、おびえたように言った。
「僕は、ルリさんと話がしたいだけなんです……」
「ルリには話なんてない!」
と、ルリが叫ぶ。
お母様はルリを安心させるように微笑むと、少年に鋭い声で言った。
「ルリはこう言っていますのでお帰りください」
「でも……!」
「お帰りください! その制服、ルリと同じ学校でしょう? 学校へ連絡しますよ?」
お母様の言葉に、少年はあわてて立ち去った。
「お母様、ありがとう! あの人、ルリのことが好きみたいでしつこくて」
「ルリはかわいいものね。心配だわ……。やっぱり、学校に言っておこうかしら?」
「ううん、大丈夫。学校ではルリを守ってくれる友達がいるから。あの人、おとなしいから、学校ではルリに近づけないよ」
「そう? それなら、明日から迎えの車を手配するわ」
「あ、それもやめて! いつもお友達と帰ってるから、迎えの車なんかきたら気を使わせちゃう。絶対いらないからね」
ルリがお母様に強い口調で言った。
「わかったわ。ルリはお友達思いね」
お母様はそう言って、優しい視線をルリにむけた。
ルリが学校への行きは車で送ってもらうのに、迎えの車を嫌がる理由はわかっている。
放課後、遊びにいっているからだ。
私と違って、お母様から沢山のお小遣いをもらっているルリ。
派手に使って遊ぶからか、取り巻きみたいな友人たちに囲まれている。
なんてことを考えていたら、お母様が私の方を向いた。
「ラナ。あんな少年ぐらい、もっと早く、追い払わないとダメよ。もし、あの子が刃物でも持っていたら間に合わなかったじゃない。もっと、しっかりルリを守ってもらわないと。姉なんだから」
「……ごめんなさい」
私が謝ると、お母様はルリに視線を戻した。
「ルリ、怖かったでしょう? 熱でもでたら大変。早く家に入って、お茶でもしましょうね」
そう言って、ルリの背中を押して、家に入っていった。
ふたりの背中を見ながら、私はお母様の言葉がショックで動けないでいた。
「もっと、しっかりルリを守ってもらわないと」
という、お母様の言葉が頭の中で繰り返される。
私はルリを精一杯守っているつもりでも、守れていないのかな……。
◇ ◇ ◇
翌日、大学の休み時間、席にすわったまま、ぼんやりと昨日のことを考えていると、森野君に後ろの席から声をかけられた。
ふりむいた瞬間、端正な顔をゆがませた森野君。
「また、そんな顔をして……。なんかあったんだな」
ぼんやりしたままの私は促されるまま、昨日あったことを淡々としゃべった。
話し終わった瞬間、ゴンッと大きな音がした。
見ると、森野君が自分のこぶしを机にたたきつけている。
え……!?
急に、ぼんやりした頭がはっきりした。
「森野君、手、大丈夫? 痛くない!?」
私があわてて言うと、森野君が眉間にしわを寄せた。
「痛い! だが、そんなことよりもクソだなクソ!」
は……?
普段、汚い言葉を使わない森野君。
なんだか、まがまがしいものが漏れ出している。
でも、ちょっと待って……。
そのクソって、もしかして、私!?
「……それ、私のことを言ってるの?」
恐る恐る聞いてみた。
「はあ……!?」
「やっぱり、第三者の森野君からしても、昨日の私の少年への対応、間違えていたって思うのかなって。 お母様にああ言われたから、昨日からずっと考えていたんだよね。もし、あの少年が凶悪だったら、確かに、ルリを守れなかったし。自分はどう動くのが正解だったのかって……」
「円徳寺! そんな、おかしなことを金輪際考えるな! いいか、今度、そんな場面にでくわしたのなら、そんなクソ妹をかばわず、自分の安全だけを考えて、即刻逃げろ! もし、凶悪な男だったら、円徳寺がまきこまれる! ああ、それと、俺が言ったのは妹と母親がクソってことだ。ほんと、クソ妹とクソ母親だな。あー、クソッ!」
憎々し気に言って、宙をにらむ森野君。
涼し気で端正な顔立ちと言葉があっていない。
しかも、クソって、一体何回言うんだろうと思うと、おかしくなって、私はくすっと笑った。
「やっと笑ったな」
と、安心したように言った森野君。
そして、おもむろに、一枚の紙を私に差し出してきた。




