ムルダー王太子 36
バリルとルリがいなくなって一カ月。
今日、ぼくの18歳の誕生日パーティーが開かれる。
ぼくは、居ても立っても居られなくて部屋の中をうろうろしていた。
というのも、さっき、ダグラスが訪ねてきて、ぼくに言ったからだ。
「今日、クリスティーヌ嬢が現れるかもしれませんよ」
「え、クリスティーヌが……?」
「クリスティーヌ嬢の気配を私の魔力で追っていたのですが、これが反応しましてね」
そう言って、布でまいた何かを私の前に差し出した。
その布を開くと……。
「あっ! クリスティーヌの短剣! ダグラス、おまえが持っていたのか!?」
「ええ。黙っていて、申し訳ありません」
と、口先だけの謝罪をして、クスリと笑った。
「どういうことだ!?」
「クリスティーヌ嬢が消えた時、短剣が床に転がっていることに気づいたんです。私は離れた場所にいたので、とっさに私の魔力で覆い、他の人間から見えないようにしました。そして、ライアンに近づいた時に回収したんです。あの混乱だから、短剣に注目する人などいないと思っていたのですが、まさか、ムルダー様に見られていたとは……。誰も関心を持たなかったのに、ムルダー様だけが短剣に目をつけるとは驚きました。クリスティーヌ嬢が消える時に体に刺さっていた短剣は気配を追うのに、とても重要な物でしたからね」
ダグラスが持っていたのか!
が、クリスティーヌが戻ってくるのなら、短剣なんてどうでもいい。
「昨日まで、この短剣から、クリスティーヌ嬢の気配は何も感じられなかった。私の予想では気配を追えないほど遠い場所、例えば、異世界に行ってしまっていたのではないかと…。だが、今朝から、この剣を通して、どんどん気配が強くなってきている。つまり、クリスティーヌ嬢が消えた状況と似ている今日のパーティーで戻ってくる可能性が高いのではと思っております」
「ダグラス、それは確かなのか!?」
「かなり自信があります」
不敵な笑みを浮かべたダグラス。
ふと疑問がわいた。
「なぜ、それを、わざわざ、ぼくに教えにきた? ライアンには教えていないのか?」
「もちろん、真っ先にライアンに教えています。ライアンは、この1年、いつ、どこにクリスティーヌ嬢が現れるかわからないからと、仕事以外の時間、あらゆるところに出向き、クリスティーヌ嬢を探していましたからね」
やっぱり、ライアンはクリスティーヌをあきらめていないのか……。
怒りがわいてくる。
「クリスティーヌ嬢が消えてから1年です。色々、はっきりするでしょうし、ふたりにはその場にいてもらわないと。だから、ムルダー様には何があっても、今日のパーティーを欠席されぬようにとお知らせに参りました。では、のちほど」
そう言うと、ダグラスはさっさと立ち去った。
そして、ついにパーティーが始まった。
ぼくは広間を見渡しながら、クリスティーヌを待った。
その時だ!
見覚えのある、きらきらとした光が見え、懐かしい姿が現れた。
銀色の長い髪がゆれている。
「クリスティーヌ!」
思わず、叫びなから走り寄った。
1年ぶりに見るクリスティーヌは、少しだけ小さくなったように思う。
首に傷もなく、元気そうだ。
美しい紫色の瞳が、ぼくを見上げた。
が、その瞳がひんやりとしている。
こんな目で見られたことはなかったのに……。
ざわっとした不安がひろがった。
あ、でも、そうか!
戻ってきたばかりで頭がぼんやりしているのかもしれない。
ぼくの声を聞いたら、頭もはっきりするだろう!
そう思って、一気にしゃべった。
「クリスティーヌ、生きてたんだね! 良かった! 去年、君が自分を刺した時、君の体は光に包まれて消えた。そして、また、光に包まれて戻ってきた。あんなに血を流していたのに、生きて帰ってくるなんて、君こそが本物の聖女だったんだね! しかも、ぼくの18回目の誕生日を祝うパーティーに戻ってきてくれるなんて嬉しいよ。やっぱり、クリスティーヌがぼくの妃になる人だ!」
言いたいことは沢山あるが、みんな見ているし。
王太子らしい言葉を並べた。
が、クリスティーヌは微笑まない。
それどころか、冷たい目で、ぼくを観察するように見ている。
焦ったぼくは、クリスティーヌを抱きしめようと、両手を伸ばした。
その途端、クリスティーヌに手を振りはらわれた。
え!? クリスティーヌ!? ぼくが嫌なのか……!?
「私は聖女ではありませんし、ムルダー様を愛した私はあの時に死んでおります。それに、ムルダー様にはルリ様がいるじゃありませんか」
クリスティーヌが淡々と言った。
ああ、そうか!
ぼくがルリを愛していると思って、怒ってるんだな。
ルリを正妃にすることはないと説明して、安心させなければ!
「ルリは聖女じゃなかったよ。異世界の薬を少しだけ持っていただけで、ルリ自身には何の能力もない。王太子妃教育を施しても何も覚えられない。それでいて、わがままばかり。王太子妃になるのは無理だ。本人も嫌がり、私との婚約は解消になった。ルリを好きな伯爵に嫁ぐそうだ。だから、クリスティーヌはルリのことを何も気にしなくていいんだよ。王太子妃になってくれるよね?」
そう言って、微笑みかけた。
すると、クリスティーヌの表情は更に冷たくなり、
「お断りします」
きっぱりとそう言った。
まさか、クリスティーヌがぼくを拒絶した……?
衝撃が大きすぎて、頭が動かない。
そこへ、クリスティーヌの家族たちがやってきて、うるさい声で何か言いだした。
クリスティーヌは凛とした姿で彼らに言い返した。
「私はずっと苦しかった……。それなのに、王太子妃になれないと知ったとたん、あなたたちは私を見限った。すぐに聖女様を養女にして、聖女様に笑いかけていた。絶望した私には、なぐさめの言葉ひとつかけなかったのに……。そんな人たちを家族だなんて思えませんよね? 自分を刺したあの時、両親に愛され、妹とも仲良くしたかった私も死にました。どうぞ、あなたたちも私のことはお忘れください」
招待客たちがアンガス公爵家の人たちを非難する言葉を口にし始める。
公爵たちは逃げるように去って行った。
王太子妃になれないことで、クリスティーヌをそんなに追いつめてしまったなんて……。
大事にしたいから側妃にと思っただけなのに。
ぼくは、なんてことをしてしまったんだ……。
「ごめん、クリスティーヌ。でも、ぼくは、やっぱり、クリスティーヌと結婚したい。これからは、絶対に裏切らない。だから、やりなおしてもらえないだろうか!」
ぼくは声を張り上げた。
「ごめんなさい。ムルダー様。もう、無理なんです。何度も言うようですが、ムルダー様を愛した私は、完全に死にました」
そう言って、頭を下げたクリスティーヌ。
そんなの嫌だ、嫌だ、嫌だ!
あ、そうだ。ぼくの気持ちが、ちゃんと伝わってなかったんだ。
もう一度説明しよう!
そう思った時、父上の怒声がした。
「黙れ、ムルダー! あきらめろ! こちらの勝手で婚約を解消したのに、無理に婚姻することなどできぬ。アンガス公爵令嬢……いや、クリスティーヌ。色々、申し訳なかった。これからは、命を大事に生きてくれ」
クリスティーヌは、父上に向かって、完璧なカーテシーをした。
そして、ぼくを見ることもなく、立ち去っていく。
その時、赤い髪が走っていくのが見えた。
あれは、ライアン!?
ダメだ! ふたりを会わせたくない! 早く、ぼくも追いかけないと!
そう思ったのに、体が全く動かない。
ふと横を見ると、焦るぼくを楽しそうに見ているダグラスが立っていた。
「おい、ダグラス! まさか、ぼくに何かしたのか!?」
「ちょっと、魔力で縛らせていただいています」
「なんだと? 早く外せ! クリスティーヌを追いかけるんだ!」
「追いかけても無駄ですよ。ムルダー様の持ち時間は終わりました。クリスティーヌ嬢にきっぱり捨てられたでしょう? これからはライアンの時間です」
そう言って、ダグラスは満足げに微笑んだ。




