ムルダー王太子 34
ダグラスを見て、警戒した顔をするバリルと、うっとりと見とれるルリ。
そんなふたりにむかって、ダグラスは艶やかに微笑んで見せた。
その時、ふと、「触ったら、ダメ! 毒があるから!」と叫ぶ小さな女の子の声が頭の中で響いた気がした。
あ、クリスティーヌ……。
そう言えば、小さい頃、クリスティーヌと庭でお茶をしていた時、宝石みたいに輝く美しい蝶が飛んできたことがあった。
大きな羽を優雅に動かして、ゆっくり飛んでいたので、思わず、捕まえようとしたぼくの腕を、クリスティーヌが、小さな両手で力いっぱいつかんだ。
「触ったら、ダメ! 毒があるから!」
そう言って、必死でとめてくれたクリスティーヌ。
そう、ダグラスは、あの時の毒の蝶みたいだ。
ぼくは警戒しながら聞いた。
「わざわざ、ここまで来るなんて……何の用だ? ダグラス」
「実は、ムルダー様にルリ嬢に渡していただきたいものがあったのですが……。ちょうど、ルリ嬢も、こちらにおられたんですね。良かったです」
「え? 私に? もしかして、プレゼント?」
ルリが、さっきまで泣いていたとは思えないほど嬉しそうな顔をした。
「今日は、ルリ嬢が喜ぶものを持ってきました」
そう言って、ダグラスが微笑んだ。
その顔に、ルリが、とろけたような顔になった。
はああー、ルリには、何故、ダグラスの怖さが伝わらないんだ?
どう考えても、ダグラスが、わざわざ、ルリに純粋な贈り物など持ってきたりなどするわけがないだろうに……。
仮に贈り物であれば、何か不気味なものとか、不吉なものとか、害になるものとか、罠とか……。
とにかく、ろくな物じゃないことは確かだ。
ルリ、ダグラスのことを信じるな!
が、ルリには伝わらない。
ルリは、すぐに、椅子から立ちあがり、嬉々として、ダグラスに駆け寄っていく。
ルリの様子に、バリルがショックを受けたような顔をしたものの、すぐに、ルリのあとを追った。
背の高いダグラスの前に立ち、頬を染めて見上げるルリ。
「ダグラスさん、私に何をプレゼントしてくれるの?」
と、はしゃいだ声をあげた。
なんというか、バリルが気の毒すぎて見ていられない。
というのも、バリルはルリに、なにかしら毎日プレゼントをしているが、喜びようが違う気がする。
「それは、見てのお楽しみですよ」
ダグラスは意味ありげに答えると、ルリからバリルに視線を移した。
「君は、ラジャ伯爵家のご子息でしたよね? 一度、きちんと挨拶をしたいとずっと思っていました。お会いできて嬉しいですよ」
挨拶がしたいとずっと思っていた? バリルに……?
確かに、ダグラスは留学をしていたから、バリルと会う機会はなかっただろうが。
でも、何故だ……?
バリルも少し驚いたような顔で、ダグラスを見ている。
「それと、王宮内で噂を聞きましたが、君が甲斐甲斐しくルリ嬢のお世話をしてくれていたのですね。大変だったでしょう? ですが、それも、もう終わりです」
きっぱりと言い切ったダグラス。
「終わり……? それは、どういう意味ですか……?」
とまどったように、ダグラスに聞き返すバリル。
ぼくも言っている意味がわからない。
ルリも不思議そうに、ダグラスを見ている。
すると、ダグラスは、バリルに射抜くような鋭い視線を向けた。
「ルリ嬢のお守りとして、あなたの出る幕は終わったということです」
毒々しいほどの美しい笑みを浮かべて、冷たい声でそう言い放った。
その瞬間、部屋の温度が一気に下がった気がした。




