ムルダー王太子 32
バリルが立ち去ったあと、ぼくはルリに言った。
「一体、どういうつもりだ?」
その瞬間、ルリの怒りに火がついた。
「王太子妃教育なんて、もう受けたくない! だって、わけわかんないし、できないと怒られるし。先生たちは、みんな、すごい怖いし! 私、異世界から来たんだよ? 王太子妃教育なんて、できなくたって、当たり前じゃない?! なのに、ひどいよ! 王妃様も私が嫌いみたいだし、みんなで私をいじめるんだもん!」
そう言って、またもや、泣き出したルリ。
はあー、泣きたいのはこっちのほうだ……。
さっさと異世界へルリを送り返して、クリスティーヌに戻ってきてほしいのに、短剣を持っているはずのライアンが、よりにもよって、ロバートのところにいるとは……。
ライアンが王宮へ帰ってくるまで、待つしかないのか。
でも、それはいつになる?
それまで、こんな状態のルリが、偽とはいえ、ぼくの婚約者なんて……。
ぼくは涙をこぼすルリを見ながら、ため息をつき、そして言った。
「教師たちから聞いたが、ルリの学んでいることは王太子妃教育に入ってもいないそうだ。異世界から来たことを考慮して、この国の基本的なことだけしか教えていないと言っていた。でも、ルリは、まるでやる気がない。覚える気もない。できる、できない以前の問題だと苦情がきている」
ぼくの言葉にルリの顔が怒りで紅潮した。
「だって、仕方ないじゃない? 王太子妃教育なんて、受けても無駄だし。やる気なんてでるわけないわ! だって、ムルダー様は、おか……」
と言いかけたルリの口をあわてて手でおさえた。
驚いたように目を見開くルリ。
「それ以上は言うな! ダグラスに聞いたが、あの魔力でしばられた書類の内容を破れば、激痛は3日ほど続くそうだ。わかったか?」
一気におびえた顔になるルリ。
こくこくとうなずいたので、口から手を離した。
手を離したとたん、ルリは不満げにぼくに言った。
「なんで、私がこんな目にあうの……。もう、嫌! 王太子妃教育なんて、もう受けない! バリル様と結婚するわ! 国王様も、私がやめたかったら、やめていいって言ってたし。伯爵家の息子のバリル様と結婚したら、私は平民にならなくていいし!」
なるほど。バリルを選んだのはそういう理由か。
「さっき、ダグラスからの伝言をあずかった。ルリの好みに合う男性と話をつけ、相手も乗り気らしい。役目を無事に果たすようにとのことだ。つまり、ルリは、ダグラスの選んだ相手より、バリルをとるということでいいんだな?」
すると、怒っていたルリの顔が急に嬉しそうになった。
「え、そうなの? あ、じゃあ、やっぱり、もうちょっと王太子妃の役をがんばる! だって、バリル様って、顔が好みじゃないんだよね」
と、ルリは悪びれることなく、残酷なことを言った。
バリルが可哀想すぎるな……。
後日、また、ルリがぼくの執務室へやってきた。
「バリル様の気持ちは嬉しいけれど、やっぱり、王太子妃教育、もう少し頑張ってみます。簡単にあきらめるのは、私にはできないから……。ごめんなさい」
と、かよわそうな振りをして、あざとく、バリルに謝るルリ。
安っぽい芝居を見ているようだ。
だが、バリルは残念そうにしながらも、ルリを気づかうように、ルリの言葉にうなずいている。
そんなバリルに必要以上に体を寄せるルリ。
そうか。
ルリは、ダグラスの紹介する相手に期待しながら、バリルにもまだ利用価値があると思ってるんだな……。
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