ムルダー王太子 16
よろしくお願いします!
悲鳴をあげる女性のそばで、クリスティーヌが手をふりあげていた。
その手には、きらりと光るもの。
なんだ、あれは…?
「短剣だ!」
と、だれかの声。
短剣…?!
クリスティーヌが人を刺すなんて、あり得ない。
なら、まさか、自分を刺すつもりか?!
「待て、クリスティーヌ! はやまるな…!」
ぼくは気が付いたら、叫んでいた。
すぐにクリスティーヌのそばに行こうとしたら、何かが腕にしがみついている。
ルリだ。
「行かないで、ムルダー様! 私、怖い…」
と、芝居がかった様子で叫んでいる。
ふりはらおうにも、すごい力だ。
あせっているぼくには、ふりほどけない。が、ルリに構っている暇はない。
あわてて視線だけでもクリスティーヌに戻す。
クリスティーヌと目があった。うつろな目…。
クリスティーヌに騎士たちが駆け寄る。が、間に合わない…。
「さよなら、ムルダー様…」
クリスティーヌが、そう言った気がした。
次の瞬間、クリスティーヌは、ためらうことなく、自分の首に短剣をふりおろした。
思わず目をつぶってしまった。が、すぐに目をあけると、クリスティーヌが倒れている!
一気に、体がふるえだした。
そんな時、真っ赤な髪がクリスティーヌにかけよった。
ライアンだ…!
「クリス! しっかりしろ!」
と、泣きながら声をかけている。
クリス? なんで、そんな呼び方をする?!
ぼくのクリスティーヌだ! 触るな、ライアン!
そう叫びたいのに、何故か声がでない。
「死なないでくれ、クリス! おすすめの本を教えてくれる約束だろ?!」
本? 何を言っている?
ぼくのクリスティーヌだ! 親し気に話すな!
そう言って、クリスティーヌに近寄りたいのに、体の震えがとまらない。
クリスティーヌが消えてしまいそうで、怖くてたまらない。
ぼくの体の真ん中にあったものが、砂が落ちるようにさらさらと崩れ落ちていく。
ああ、そうか…。
ぼくの中心には、いつもクリスティーヌがいたんだ。
クリスティーヌがいなくなったらどうしよう…。
そんなの嫌だ! 嫌だ、嫌だ、嫌だ! クリスティーヌがいなくなるなんて、絶対に嫌だ!
ぼくが心の中で絶叫していると、ぼくの腕をつかんだままのルリが、ぼそっと言った。
「あれじゃあ、もう助からないわね。かわいそう。婚約解消がよほどショックだったのね。でも、私のせいじゃない。私、死ねなんて言ってないもん」
ルリの顔が悪魔に見えた。
クリスティーヌが死ぬわけないだろう?!
ぼくのクリスティーヌが、ぼくから離れるわけなんてないんだ!
そう叫びたいのに、のどがつまって声がでない。
体も震えるだけで、動かない。
「ダメだ! 死ぬな、クリス! 聖女なら助けられるんだろ?! 早く、クリスを助けてくれ!」
ライアンが、クリスティーヌの首のあたりを手でおさえ、ひときわ大きな声で叫んだ。
あっ、そうか! ルリは聖女じゃないか!
それなら、クリスティーヌを助けられる!
ほっとしたら、やっと声がでた。
「ルリ! 異世界の薬を持ってるだろ?! 早く、それで、クリスティーヌを助けて!」
ぼくの言葉に、ルリの表情が一変した。
「…ムリよ! 私の持ってる市販の薬で、そんなの治せるわけないでしょ…! 私のせいじゃない…。私、自分で聖女だなんて言ってないもん!」
ルリが、甲高い声で叫んだ。
皆が驚いたような視線をルリに向ける。
「クリス! クリス、しっかりしろ! クリス!」
号泣しながら叫び続けるぶライアン。
そんなライアンに、クリスティーヌが何かをささやき、力尽きたように目を閉じた。
嘘だ…。クリスティーヌ…。
が、その時、クリスティーヌの体が、きらきらとした光に包まれ始めた。
そして、クリスティーヌの姿がどんどん消えていく。
「クリス! クリス!」
叫びながら、クリスティーヌの体をつかもうとするライアン。
が、クリスティーヌは光につつまれて、消えてしまった。
茫然とするぼく。まわりの騒ぎが耳に入ってこない…。
クリスティーヌがいなくなったなんて…。
ああ、なんで婚約解消なんて、ぼくは言ったんだ!
ルリを王太子妃にすると言ったのは、愛するクリスティーヌを側妃にして大事にするためだったのに…。
ふと、ルリの黒髪が目に入った。
その瞬間、怒りがわいた。
ああ、なんで、ここにルリが残ってるんだ…?!
なんで、クリスティーヌがいないんだ…?!
クリスティーヌがいなくなるんだったら、ルリなんていらなかったのに…!
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