ムルダー王太子 7
よろしくお願いします!
ぼくの手をにぎる聖女の顔は、愛らしいが子どもっぽい。
クリスティーヌの美貌とは比べものにならない。
なのに、強烈にひかれる。
この手を離したくない。なぜだ…?
神官があわてたように声をあげた。
「聖女様、手をお離しください! 王太子殿下のお手に勝手に触るなど…」
「あ、ごめんなさい。…でも、私、すごく、心細かったから…」
そう言って、聖女は、潤んだ漆黒の瞳で、ぼくを見上げてきた。
ぼくは、聖女に手をにぎられたまま、神官に言った。
「聖女がおびえている。話をするから、君は、後ろに下がってて」
「…はい」
一瞬、何か言いたそうな顔をしたが、神官は、壁際まで下がった。
その瞬間、少女が、とろけるような声でささやいた。
「あの…、私は、ルリって言います。ルリって呼んでください」
「ルリ…」
「はい! あの…、王太子様のお名前も教えていただけますか…?」
「ムルダーだ」
「ムルダー様…。私、…いきなり、知らない世界にきて…だれも知らなくて…怖いの! お願い、そばにいて…?」
そう言って、触れたら折れそうな華奢な体を、あからさまにすりよせてきた。
鼓動は更に早くなったのに、ここまでされると、逆に頭が冷えた。
すると、この聖女のぼくを見上げる目が、決して、かよわくないことがわかった。
クリスティーヌのように、清廉ではないことも。
目的のために、演じている…。
そのとたん、「ねえ、クリスティーヌ。ぼくはどうしたらいい?」と、ぼくが使っていた言葉が頭に浮かんだ。
ああ、聖女は、ぼくと同じなんだ…。
「聖女様っ!」
壁際にいる神官が、ぼくに体を寄せた聖女を見て、悲鳴のような声をあげる。
まあ、神官が驚くのもわかる。
王太子のぼくに、こんなことをしてくる令嬢はいないからね。
もちろん、クリスティーヌも、こんなことは絶対にしない。
そう思った瞬間、気が付いた。
ふたりは真逆なんだってことにね。
つまり、クリスティーヌは清く、ルリは濁ってる…。
が、その濁りがぼくをひきつけるんだ。ぼくと同じ匂いがするから。
クリスティーヌは、ぼくにないものばかりを持っている、輝く存在。
そのクリスティーヌでは埋まらない、ぼくの、ほの暗いところを、ルリなら埋めてくれるかも…。
ぼくは、ひときわ優しく、ルリに微笑んだ。
「わかったよ、ルリ。心配しないで。ぼくがそばにいるからね」
翌日も神殿に向かった。
すると、いつもと違って、神殿の中が、ざわざわしている。
「何かあったのか?」
「聖女様が、奇跡をおこされたのです!」
ぼくの問いかけに、神官が頬を紅潮させて答えた。
「奇跡…? 一体、何をしたんだ?」
「それは、私からは言えません。今、聖女様は大神官様とご一緒におられます。案内させていただきます。どうぞ、こちらへ」
そう言って、連れて行かれたのは、祭壇の前。
そこには、大神官や神官たちに取り囲まれているルリがいた。
どうやら、口々に賞賛されているようで、満面の笑みを浮かべているルリ。
ルリは、ぼくを目にしたとたん、「ムルダー様!」そう言って、手をふった。
大神官は挨拶もそこそこに、興奮気味にぼくに語りだす。
「聖女様は、高熱が続き、危ない状態だった神官に、異世界の薬を使って治療してくださったのです。すると、一晩で熱がさがりました! やはり、私の見立てどおり、ルリ様は、まごうことなき聖女様でいらっしゃいます!」
と、自慢げに言う大神官。
いつの間にか、ぼくの隣に立ったルリ。
「ルリ、君はやっぱり聖女なんだね?」
ルリは、その問いには答えず、ただ、嬉しそうに微笑んだ。
読んでくださった方、ありがとうございます!
ブックマーク、評価、いいねもありがとうございます!
大変、励みになります!




