ラナから花へ 18
「ええ、私の兄で、守の父親。普段はおだやかで、やさしくて、一見、みっちゃんにふりまわされているように見えるの。でも、いざ、みっちゃんに何かあれば豹変するからね」
「豹変……?」
意外な単語に、思わず、聞き直してしまった私。
「そう、豹変するの……。さっきも言ったように、みっちゃんは正義感が強くて、時につっぱしるのよ。それは、子どもの時からそうなのよね。そんな、みっちゃんを疎ましく思う人もいるわ。
で、これまた、私と同様に、みっちゃんと幼馴染だった兄さん。こっちも、子どもの時からなんだけれど、みっちゃんを悪く言う人がいたら、兄さんは絶対に許さない。その瞬間、兄さんにとったら敵になるんだよね……。みっちゃん自身はすぐ忘れるのに、兄さんは、みっちゃんを悪く言った人も、その言葉も絶対に忘れないの。執念深くて、怖いでしょう?」
「あ……、いえ……」
なんて答えていいのかわからなくて、私は、あいまいに答えてしまった。
「俺が、花のことを母さんに知られたくないのは、その後ろに、もれなく父さんがついてくるってこともあるんだ。母さんを盲目的に支持する父さんがでてくると、余計に騒ぎが大きくなって、面倒だろう……」
と、森野君が顔をしかめて言った。
「確かに、そうね……。今、ふと、想像してみたら、花ちゃんの存在を知って、構いたがる、みっちゃん。そのみっちゃんの希望を叶えるために走り回る兄さんの図が、まざまざと見えたわ……」
「それ、俺も簡単に想像できる……。やっぱり、母さんと、母さんに付随した父さんまででてきたら、花の負担にしかならない。絶対にばれないようにしないと……」
と、嫌そうな顔でつぶやく森野君。
そんな森野君を見る春さんの目はあたたかい。
森野君がご両親のことをどのように言っても、そこには、ゆるがない絆があることが、ひしひしと伝わってくる。
「素敵なご家族……」
思わず、心で思ったことが、口からでてしまった。
そんな私に、春さんが微笑みながら、大きく、うなずいた。
「森野家はものすごく個性が強い人たちばかりなんだけれど、みっちゃんはすごく優しいし、あの兄さんだって、みっちゃんを悪く言わない人には、基本、いい人よ。だからね。もし、これから、ふたりに会うことがあったとしても、絶対に、花ちゃんを傷つけたりしない人たちだから。そこは安心してね、花ちゃん。
あ、話がそれたわね。ええと……、話を元に戻すと、花ちゃんを小説のネタにはしないよう、守に念を押されて、私が同意したところだったわね。
……まあ、正直なことを言うと、昨日、守から花ちゃんの話を聞いた時は、違うことを考えてしまったんだけどね。いつも淡々とした守が、ここまで必死になって心配して、私に頼んでくるなんて、どんな子なんだろうって興味をひかれたの。もしかしたら、何か、小説のネタになるかも。……なんて、ちらっと思ったのよね。ごめんなさい」
春さんが、申し訳なさそうに謝りながら、私の顔をのぞきこんできた。
「とんでもない! 春さんに謝っていただくことなんて、何もないです!」
私があわてる横で、森野君が納得したように、うなずいた。
「やっぱり、春さんは、そう思ったのか……。時間が戻る前、俺が花のことを頼んだ時、春さんは俺に同じようなことを言ったらしい。そうだったよな、花?」
「えっ、そうなの? 違う時間軸の私でも、考えることは同じなの?」
好奇心っぱいのきらきらした目で、たずねてきた春さん。
そう言えば、さっき時間が戻る前の話をした時、森野君から聞いた春さんの言葉は言っていなかったかも……。
大きな目を見開いて、私の言葉を待っている春さんに、改めて、私は説明を始めた。
「時間が戻るまえ、その名刺を渡してくれる時、森野君が言っていました。『いつも淡々とした俺がそこまで必死に心配する円徳寺に興味をひかれたみたいだ。小説のネタになりそうって目を輝かせてた』って……。
でも、その後、森野君は私に言ったんです。『小説のネタにはさせない。叔母も人が嫌がることを絶対にしない人だし。それに、いつもは、ひょうひょうとした叔母だが、胆力のある人だから、頼りになる』、そう言って、春さんをほめていました。しかも、時間が戻った後、昨日会って話をした時も、春さんのことを森野君は同じような言葉でほめていました」
「まあ、守! 私のことをそんな風に思ってくれていたのね! 嬉しい! あー、みっちゃんに自慢したいわあ!」
「いや、だから、春さん……。それだけはやめてくれ……」
と、困ったように言った森野君。
その口ぶりに、思わず、くすっと笑ってしまった。
こんなに森野君を困らせるお母様だなんて、かえって、興味がわいてくる。
「はいはい、わかってるわよ。みっちゃんにバレないようにすればいいのよね。やってみるわ。 ……まあ、できるだけね……」
「ちょっと、春さん。そんな軽い感じじゃなくて、全力でばれないようにして欲しいんだけど。今、俺は、花のことに全力で集中したいから。母さんがでてきて、ややこしくされたら困る」
「あのね、守……。確かに、みっちゃんは何をするかわからないところはある。しかも、背後霊みたいに兄さんがひっついてくる。でも、私と守だけで動くより、もっと素早く、もっと力技で、花ちゃんのことを手助けできると思うのよね……。でも、まあ、花ちゃんの手前、お母さんには頼りたくないのかな? ……フフフ」
「は? なに、人を反抗期の男子みたいに言ってるんだ? 全然違うけど? 母さんが関わると面倒な未来しか見えないから、頼らないだけなんだけど?」
むっとした口調で、森野君が即答した。
遠慮のないやりとりに、ふたりの仲の良さと信頼がみてとれる。
きっと、森野君のお母様がここに加わったら、更ににぎやかで楽しいんだろうな……。
円徳寺の家とは、まるで違う景色を見ながら、そんなことを考えていた。




