ラナから花へ 12
私は、その時の状況を春さんに簡単に説明した。
「実は、お父様の会社の取引先が、森野君のお家の会社だったんです……。だから、パーティーで、両親が森野君のご両親にご挨拶をしていたら、妹が森野君を見て、一目で気に入ってしまったんです。それで、あからさまに、すり寄っていったというか……」
「俺が避けても強引に近づいて来たんだ。その態度に、うちの両親が不快そうにしたから、あの父親が必死で止めていたよな……。なんだろうな……。自己陶酔したような、あのどろっとした目。みんなが自分を好きになってあたりまえみたいな、あの傲慢な感じ。想像していた以上の気持ち悪さだった……」
「なるほど、その妹さん、相当、厄介そうな女の子だね……。でも、花ちゃん。守と花ちゃんが友達だと知ったら、そのあとが大変だったんじゃないの?」
と、心配そうに聞いてきた春さん。
「森野君が、私と友人だとは気づかれないような態度をとってくれたおかげで、ルリには気づかれなかったんです。だから、本当に助かりました……。ルリは、よほど森野君が気に入ったみたいで、家に帰ったあとも、お父様に森野君と会わせて欲しいって、しつこく頼んでいたくらいだから。もし、私が友達だと知ってしまったら、すごく面倒なことになっていたと思います……」
「げっ……、そうなのか? 今、ぞわっとした……」
そう言って、自分の腕をさすった森野君。
すると、春さんが、おもむろに、森野君の前のからっぽになっている取り皿に、丸いパンを置いた。
「守。ぞわっとしたのなら、このあんぱんを食べておきなさい。あんこは邪気が払えるからね。あんこは最強よ!」
「春さん……。あんこ信者には悪いけど、俺、あんこは甘すぎて……。食えなくはないけど、いらない。それより、おかずパンのほうがいい」
「こら、守! 食えなくはないなんて、あんこに失礼でしょ!? そんなことをいう守には、あんこのほうこそ、食わしてやるもんか、だわ」
あんこのこととなると、ヒートアップする春さん。
「あ、じゃあ。私がいただきます。私、あんぱんも大好きなので」
私の言葉に、春さんが満面の笑みを浮かべた。
「食べて食べて! 花ちゃん、ここのあんぱんは最高なのよ」
私は、あんぱんを手にとり、食べ始めた。
あんこの上品な甘さが、疲れている脳に、しみわたっていく。
「美味しい……」
思わずつぶやくと、春さんが嬉しそうに言った。
「そうでしょう! 良かった、花ちゃんに気に入ってもらえて! 守は食べないのなら、返してね。私、ここのあんぱんだったら、何個でも食べられるんだから」
春さんがあんぱんを回収しようとすると、森野君がさっと手にとった。
「花が気に入ったのなら、俺も食べてみる」
そう言って、食べ始めた森野君。
「やっぱり、甘いな……」
と、つぶやきながら食べる森野君。
その様子を見て、春さんがまた笑い出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後も、私は、思いつくままに、自分の話を沢山していった。
自分でも忘れていた、というか、ふたをしていたようなことも、どんどんでてきた。
ふたりなら、どんな話も受け止めてくれるから、安心してしゃべることができる。
それに、なにより、話しながら、自分自身が癒されていっていることに気がついた。
悲しかったこと、悔しかったこと、寂しかったこと、我慢してきたこと……。
言いたくてもいえなかったことを口にすることで、ひとつずつ、手放していっている感覚。
それは、「円徳寺ラナ」として生きてきた過去の自分をも受け入れ、「花」としての自分に吸収していっているような不思議な感じがした。
そして、やっと、ルリの事件が起きたところまでを話し終えた。
ここからは、時間が戻る前までの、クリスティーヌさんと過ごした1年間の話をすることになる……。
私は大きく深呼吸してから、春さんに向かって言った。
「ルリの事件があった日は昨日です。……でも、私は、その先、1年間をすごしました。そして、また、昨日に戻ってきたんです」
「えっ、ちょっと待って! それって、どういうこと……!?」
黙って聞いていた春さんが、さすがに驚いた声をあげた。
「信じられないかもしれませんが、私は時を戻ってきたんです」
「え……まさか……、未来からタイムスリップしてきた、みたいなこと……?」
春さんが呆然とした感じで、つぶやいた。
「ええと、今から詳しく話しますが……、時を戻してくれた存在が言うには、未来というか、……そこは、歪んだ時空だったみたいです」
「は? 歪んだ時空……? それって、一体、どういうこと……!?」
混乱する春さん。
「ほら、花……。先に、あの証拠を春さんにつきつけたほうがいいんじゃないか?」
と、森野君が横から声をかけてきた。
「証拠……? つまり、時を戻ってきた何か物証があるってことっ!?」
春さんが、大きな目を更に大きく見開いた。
「証拠というか、何故か、私と一緒に時をもどってきた物があって……」
そう言いながら、私はバッグから、うす緑色の名刺をとりだした。
そして、春さんの前にそっと置いた。




