ラナから花へ 9
森野君の叔母様、森野春さんのお家は、郊外の静かな場所にあった。
沢山の木々に囲まれた広いお庭。
歴史のありそうな大きな日本家屋と、比較的新しい洋館が並んで建っている。
「古い家のほうが、春さんが住んでいる母屋で、新しいほうが、後から建てた離れなんだ。離れには、今は確か……3人くらいだと思うけど、下宿している人がいる」
と、森野君が説明してくれた。
のびのびと生えている大きな木の下を通りながら、母屋と言われた日本家屋のほうへ向かった。
森野君は慣れた様子で扉をあけて、広々とした玄関に入った。
「春さーん、こんにちは……」
と、森野君が奥にむかって声をかけると、小柄な女性が現れた。
肩までのふわふわした栗色の髪に、ストンとしたシンプルな深緑色のワンピースを着ている。
年齢はわからないけれど、かわいらしい感じの方。
特に、くりっとした大きな目が印象的で、楽しそうに私たちを見ている。
「花を連れてきた」
と、森野君が言うと、大きな目が更に輝きはじめた。
「へええええ……、花って呼んでるんだね……フフフ。花ちゃん、ようこそ。森野春です。私のことは、春さんって呼んでね」
「はい。あの……私は……、古池、花と申します。このたびは、お世話になります!」
緊張しながら頭を下げた私。
「春さんに気を使わなくていいぞ、花」
「そんなに気を使わなくていいわよ、花ちゃん」
二人の声がかぶった。
思わず、くすっと笑ってしまい、その瞬間、緊張がほどけた。
案内されたところは、広々としたダイニングキッチン。
建物は日本家屋だけれど、ここは洋風。大きな窓から入ってくる光が明るい。
そして、美味しそうなパンのにおいが充満している。
「ほら、見て。焼きたてのパンを沢山買ってきたんだよ。早く食べよう!」
テーブルには大きなお皿の上に、いろんな種類のパンやサンドイッチがもられていた。
「春さん……。これ、どう考えても量が多すぎるだろう……」
あきれたように言った森野君。
「だって、このパン屋さん、どれも美味しいから。花ちゃんに色々食べて欲しくて」
初めて会うのに、そんな風に思ってもらえたことが嬉しくて、「ありがとうございます……」と、感動しながらお礼を言ったあと、途中で買ってきたお菓子を春さんに手渡した。
「まあ、ありがとう。お土産なんて気を使わなくていいのに……って、最中!? うわあ、大好きなの! やったあ!」
と、喜んだ声をあげる春さん。
子どものように喜んでくれる姿に、思わず顔がゆるんでしまう。
「森野君から、春さんは、あんこがお好きだって聞いたから」
「そうなのよ! 私、甘いものはなんでも好きなんだけど、その中でも、あんこは特別! あんこのことは愛してるの! 私にとったら、あんこは最強なのよ。食べたら、邪気も払ってくれるしね」
邪気……。
今朝のことを思い出す、そのワードに、思わず、森野君を見た。
森野君も気恥ずかしそうな顔で私を見てきた。
「あら、なになに? ふたりの間のその空気? あんこから、何を連想して、そんな感じになるの? 何があったの? 聞かせて!」
と、好奇心いっぱいの様子で聞いてきた春さん。
森野君が、若干、面倒そうに、今朝の風の話をさらっと説明した。
春さんが意味ありげな笑みを浮かべて、森野君を見ながら言った。
「なるほど……。名は体をあらわすって本当だったのね」
「春さん? それ、どういう意味?」
森野君がいぶかし気に聞いた。
が、春さんは、その質問に答えずに、私の方を向いた。
「ねえ、春ちゃん。この子のこと、なんて呼んでるの?」
と、森野君を指さした。
「森野君です」
「ふむふむ。もしや、下の名前は知らないとか?」
「いえ……。高校生の時からの友達なので、もちろん知っています」
「では、下の名前で呼んでみてくれるかな、この子のこと」
「はあ? ちょっと、春さん……!?」
あわてた様子の森野君。
「森野……守君です」
初めて、森野君の下の名前を声にだした。
と、森野君を見て、驚いた。
森野君の頬が、ほんのりと赤くなっている。
「もう、ほんと、花ちゃんのこととなると、いつもは淡々とした守が、おもしろくなるわね!」
おもしろくなる……?
「ねえ、花ちゃんと守の名前をくっつけてみて? すると、あら不思議。花守りって言葉になるわよね。ねえ、花ちゃんは知ってる? 昔は、お花を守る、花守りって役職の人がいたんだって。まあ、その時代は桜を守っていたみたいだけれど。ここにいる守が守りたいお花は、花ちゃんなんだね……フフフ」
と、春さんが楽しそうに微笑んだ。
私の心臓がドクドクしはじめて、頬が熱くなった。
「おい、春さん!」
「あら、違うの?」
「……いや、違わない……」
「え? なに? 聞こえない?」
と、春さん。
「ああ、その通りだ! 俺は花を守りたい!」
開き直ったように、森野君が叫んだ。
私の顔は燃えるように熱くなり、春さんは、弾かれたように笑いだした。
ひとしきり笑ったあと、まっすぐに私を見つめてきた春さん。
「じゃあ、お昼を食べながら、花ちゃんのお話を、じっくり聞かせてもらいましょうか。それから、私に何ができるのか、しっかり考えてみるわ。お花が安心して咲けるように、花守りに力を貸すのは、当然、春である私の役目だものね」
そういって、優しい笑顔を向けてくれた春さん。
そのあたたかい気持ちに、私は胸がいっぱいになった。




