ラナから花へ 6
「ええと、明日……? 私は大丈夫だけど、どうして……?」
森野君の思いがけない問いかけに、驚いて聞き返した。
「春さんのところへ花を連れていきたいと思う。それで、俺に話したように、花の体験したことを春さんに話してほしい。絶対に味方になってくれるから」
「え、この話を……? いくらなんでも、信じられないんじゃないかな……? 嘘とまでは思わなくても、妄想を話してるとかって、変に思われたりしないかな……? 普通に考えたら、ありえないことだし。なにより、森野君の叔母様に初対面で変な子って思われたら、さすがに悲しすぎるんだけど……」
不安になって、そう答えた私。
「いや、春さんなら大丈夫だ。もちろん、話の内容には驚くだろうけど、花を不快にさせるようなことは絶対に言わない人だと保証する。というか、好奇心まるだしで、喜びすぎて、うるさくなって、花のほうが、春さんを変な人だと思う可能性はおおいにあるが……。それに、こっちには名刺がある。俺は花と違って、容赦がないから、まっさきに春さんに証拠としてつきつけるけどな」
そう言って、不敵な笑みを浮かべた森野君。
その様子を想像して、思わず笑ってしまう。
森野君の言葉から、叔母様との仲の良さがうかがえて、ほんわかした気持ちになる。
「あ、でも、始めて会う人に、花が自分のことを詳しく知られるのは抵抗があるか? それなら、詳しく話さなくても全然いい。好奇心旺盛な人だから、質問攻めにしてこようとするかもしれないけど、きっぱりと俺が止めるから」
「ううん、自分のことを知られるのは、全然大丈夫だよ。森野君が信用している方だから。それに、このお守り……名刺をもらってたから、親近感があって。まだお会いしたことがないとは思えないんだよね……。わかった。全部、隠さず話す。この名刺をもらって、とても心強かったって、あの時のお礼も言いたいし。……でも、明日だと急じゃない? 叔母様の予定もあるだろうし、いきなりは会えないんじゃないの?」
すると、森野君は首を横にふった。
「いや、春さんは作家なんだけど、極度の出不精で、余程の用がない限り、いつも家にいる。なにより、俺が会わせたい女の子がいるなんていったら、飛びつかないわけがない。まあ、ただ、夜中に執筆してるから午前中はいつも寝てるんだ。だから、会うのは午後になるな」
「あ、そういえば……、この名刺をくれたとき、森野君が言ってた。なんでも、叔母様は、いつも淡々としている森野君が私を心配して必死になってるから、興味をひかれたみたいって。小説のネタになりそうって言って、目を輝かせてたんだんって」
あの時のことを思い出しながら、そう伝えると、森野君が、あきれたような顔をした。
「ああ、わかる。春さんが言いそうなことだ……。でも、花、安心してくれ。小説のネタにはさせないから。それに、春さんは人が嫌がることを絶対にしない人だし」
森野君の言葉に、思わず、クスッと笑ってしまった私。
「森野君、全くおんなじことを言ってたよ。小説のネタにはさせないし、叔母様が人を嫌がることをしない人だって……。あとはね、叔母様のことを、普段はひょうひょうとしているけど、胆力があるから頼りになるって、褒めてたよ。お母様や妹が連れ戻そうとしても追い返してくれるって」
森野君はうなずいた。
「まさに、俺が思ってるとおりに説明してるな、春さんのこと。……って、別の時空とはいえ俺が言ったんだから、当たり前か」
そう言って、楽しそうに微笑んだ森野君。
が、すぐに真剣な顔になって、私をまっすぐに見た。
「花の話を聞いて、俺、思ったんだが、できるだけ早く動いたほうがいい。花のさっきの話だと、円徳寺の妹が目覚めるまで一週間だ。で、今度目覚めた時は、中身はあのクソ妹だ。必然的に、円徳寺の母親も、また、あのクソ母親全開になるだろう? だから、この一週間で、花が花として生きられるように準備を急ごう。
ああ、もちろん、あいつらが何を言おうが、花として生きていくことを邪魔なんてさせない。でも、これ以上、花に不快な思いをさせたくないから、あの二人から離れられる環境をつくっておきたい。だから、まずは、明日、春さんに会ってほしい。やっぱり、大人の味方はいると便利だから。その後に、円徳寺の父親だな……」
と、一気に語った森野君。
「本当にありがとう、森野君。……それにしても、やっぱり森野君はすごいね。私は、円徳寺から離れて、花として生きたいと覚悟を決めただけで、具体的になにをすればいいのかまるで考えられてなかったから……。森野君に頼ってばかりで申し訳ないけど、これからもよろしくお願いします!」
と、私は感謝の気持ちをこめて、森野君に向かって、テーブルにつきそうなほど頭をさげた。
「ちょっと、花……! 頭をあげて!」
と、焦ったような声をだす森野君。
「え、でも、本当にありがたくて、でも、他にお礼のしようもなくて、自然と頭がさがるんだけど……」
「なら、俺もさげるぞ!」
「え……? なんで、森野君が?」
「花に頼ってもらって嬉しいから。やっと、花のために動けるから、俺の方こそ、ありがとうだ」
「あのう……、森野君、それっておかしくない!? 私がありがとう、だよ」
「いや、俺のほうが、もっともっとありがとう、だ」
んん? なんか変じゃない……?
一瞬、間があって、私たちは同時に笑いだした。
ひとしきり笑ったあと、私は森野君に真剣な気持ちを伝えた。
「時間が戻る前も、そして、今も、いつだって、森野君に私は救われてきた。森野君に出会えて、私はものすごく運がいいし、ものすごく幸せだと思う。私と出会ってくれて、本当にありがとう。森野君」
「なっ……、幸せって……! いきなり、ずるいな。そんなこと言われたら、うれしすぎるんだけど……! が、花にとったら、深い意味はないんだろうな……。いや、浮かれるな、俺……」
と、照れたように、ぶつぶつとつぶやいている森野君。
そんな森野君を眺めていると、心があたたかいもので満たされていく。
花として生きていくと決めたけれど、「円徳寺」から離れれば、世間的にみたら、私には「家族」という存在がだれもいなくなる。
天涯孤独。つまりは、ひとりぼっち……。
そんなんで本当に大丈夫だろうか?
心の奥に残っていた、そんな黒々とした不安が、森野君の放つあたたかい光でどんどん消されていく。
そう、私には、誰よりも信用できる森野君がいてくれるんだから。
見せかけだけの「家族」がいなくなっても、大丈夫。
私は決してひとりじゃない。
これからは、花として本当の自分で生きていける。
だから、楽しんで生きていこう
心の底から、そう思えた。




