ラナから花へ 5
いつもとは違う雰囲気を醸し出す森野君。
興味深く見ていると、私の視線に気がついた森野君が恥ずかしそうに言った。
「あ、ごめん、ごめん。なんか、怖がらせたか? 普段は隠してるんだけど、うっかり、黒いものが漏れだして……」
その言い方がおかしくて、くすっと笑ってしまった。
「大丈夫だよ。いつも爽やかな森野君のそういう感じ、なんか新鮮。敵にしたら怖そうだけれど、味方だと思うと心強いよ」
「良かった。花に俺の腹黒さも受けいれてもらえて」
そう言って、森野君は嬉しそうに笑った。
その笑顔に、思わず、
「森野君って、本当にすごいね……」
と、しみじみと言ってしまった私。
「え、すごい? ……って、もしかして、俺の腹黒さがすごいってことか? いやいや、まだ、ほんのちょっと漏れ出しただけで、たいして出してないんだけど!?」
焦ったように言う森野君に、私は首を横にふった。
「違うよ。……こんな奇想天外な話を普通に受け入れてくれて、今までと変わらず私に接してくれる、動じない森野君を、改めて、すごい人だなって思ったの……。森野君なら信じてくれると思って話したけれど、さすがに、こんなにすぐに信じてくれるなんて思わなくて。常識ではありえないことだし、体験した自分でも、信じられないようなことなのに……」
私の言葉を聞いて、森野君は、ふっと優しい笑みをこぼした。
「ほかの誰でもない、花が言うことだからだ。俺は花をずっと見てきたから。花の誠実さも、正直さも、善良さもよく知ってる。花が嘘をつくときは他人を思っての嘘だけだ。それも、その嘘が下手なことも知ってる。だから、今回の話に疑う余地は一切ない。誰がなんと言おうが、常識とか関係ない。俺は花の言うことを100パーセント信じてる」
まっすぐな森野君の言葉に胸が熱くなった。
また、泣きそうになるのをなんとか耐えて、私は森野君に言った。
「森野君。私を私以上に信じてくれて、本当にありがとう……。実は、さっきの話の中で、大事なことを、ひとつだけ、まだ、森野君に言ってないの」
私はそう告げると、バッグから薄い封筒を取り出した。
「この中に、私と一緒に時をもどってきたものが入ってるんだ。見てくれる?」
私の言葉に、真剣な顔でうなずいた森野君。
私は封筒の中から、薄い緑色の一枚の名刺を取り出して、森野君に手渡した。
「え……森野、春? ……って、春さん!? なんで、俺の叔母の名刺を花が持ってるんだ……!?」
驚いた声をあげる森野君に、私は説明を始めた。
「この名刺はね、森野君が留学する直前に、私に渡してくれたんだよ。留学をとりやめた私を心配して、叔母様に私のことを話してくれたらしいの。何かを目指して頑張っている人限定で、離れで数人、下宿をさせているんだよね? そこが、一部屋空いたんだって。私のことを話したら、いつでも受け入れるって言ってくださったらしくてね。だから、私が家をでたくなったら、連絡をするようにって。何かあったときに、逃げられる場所があれば安心だろうから、『お守り』だって言って、森野君がこの名刺をくれたの。あの時、ものすごく、心強かったんだ……」
「なるほど、春さんにね……。お守りか……。じゃあ、少しはいいところもあったってことか……」
と、つぶやいた森野君。
「え? なに……?」
「いや、時間が戻る前の花の話を聞いて、正直、俺は、その時の自分にものすごく腹が立ってたんだ……。いくら、花に留学を断られたからって、何かできることがあっただろうって……。あんな状況の花をそのままにして、のんきに一人で留学に行ったのか、俺はって……。でも、まあ、春さん……って、あ、叔母のこと、そう呼んでるんだけど、春さんに連絡をつけてたことだけは、まだましだった。そうか……春さんがいたな。今の俺は、すっかり、春さんのことを忘れてたけど、確かに使える……」
そう言って、またまた、鋭い目をした森野君。
が、ふと不思議そうに私に聞いてきた。
「でも、なんで、花は、先に、この名刺のことを話さなかったんだ? 時を戻った動かぬ証拠みたいなもんだろう? 俺なら真っ先にその名刺を見せて、その話をすると思うけど」
私はうなずいた。
「うん、だからかな……」
「……どういうことだ?」
「うーん、なんて言ったらいいのか……。森野君の言ったように、この名刺は証拠になるから。先に見せると、森野君が私の話を信じるかどうかを決める自由を奪ってしまうと思ったんだよね。……ええと、つまり……有無を言わせず、信じないといけない感じにしたくなかったの……。それに、あまりにも不思議すぎる話だしね……。先に証拠をつきつけるようにして話をするんじゃなくて、森野君のペースで考えて、森野君の思うように判断してもらいたくて……。でも、森野君は、考えるもなにも、私の話を当然のように受け入れてくれたから、最初に名刺を見せても、同じだったんだろうけど……。うまく説明できないけど、こんなようなことを考えて、名刺のことは黙ってました。……ええと、こんなんで伝わった?」
と、森野君に聞いてみた。
が、森野君は黙ったまま私をじっと見ている。
あ、やっぱり通じなかった……?
なんか、自分でも、説明しながら、ちょっと混乱してきたし。
うん、わかりにくかったかも……。
と思った次の瞬間、森野君が破顔した。
「なんだ、その理由……。ほんと、花らしいな……! 普通、こんな状況だったら、すぐにでも自分のことをわかってもらおうとするだろうに……。俺が信じるかどうかを試すということでもなく、ただ、俺が自由に考えて、俺が自由に判断できるように、黙ってるだなんて……。そんなこと考えるか? でも、これが花なんだよな……。ああ、くそっ! こんな優しい花につけこんできた円徳寺の奴らに、また、猛烈に腹が立ってきた!」
森野君は燃えたぎるような強い目で私を見据えて、聞いてきた。
「花。明日、時間があるか? というか、時間を作ってくれないか?」




