ラナから花へ 4
森野君から、私に頼みごとってなんだろう……?
不思議に思いつつ、聞き返してみた。
「頼みごとって、なに? 私にできることならいいんだけど……」
「占い師のところで聞こえてきた不思議な声が、ハナって呼んだんだよな?」
「……あ、うん。ハナっていうのは、私のもともとの名前。漢字で書くと、お花の花だよ。円徳寺ラナになる前は、『古池 花』だったの」
「古池 花か……。すごくしっくりくるな。その不思議な声が魂と音が違うって言ってたのが、なんか、わかる気がする。ラナと花って音がにてるような気もするけれど、全然違う印象なんだよな」
森野君のその言葉に古い記憶がよみがえってきて、あ! と声をあげた。
「どうした?」
「円徳寺の家にもらわれた時にね、『今までの名前は捨ててね。今日から、あなたの名前はラナ。ルリの姉でラナよ』って、お母様から言われたの。その時、花から、ラナか……って。音は似ているけれど、まるで違う感じって思ったのを思い出したから。森野君も同じように思ったんだ。なんか、思うことが一緒だと嬉しいな」
そう言って、にんまり笑った私とは逆に、森野君は盛大に顔をしかめた。
「なんだそれ!? やってきたばかりの幼い子どもに言う言葉か!? いきなり、名前を捨てろだなんて! 優しさのかけらもないな!」
私も忘れていたくらいずっと前のことなのに、こんなに怒ってくれる森野君を見て、ほわっとあたたかい気持ちになる。
「ありがとう、森野君。小さい頃の私のために、そんなに怒ってくれて……。あ、それで、森野君の頼み事って何?」
「俺の頼みは、その名前なんだけど……。俺も、円徳寺じゃなくて、本当の名前で呼びたいって思って」
「じゃあ……これからは私のことを古池って呼ぶの?」
「いや、できたら、下の名前で。でも、ほら、俺、『さん』とか、『ちゃん』とかつけるタイプじゃないし……って、俺、ごちゃごちゃ言い訳がましいな……。つまり、俺が呼びたいのは……」
そこで森野君は一呼吸おいて、私の目をまっすぐに見た。
「花」
森野君の声が、すーっと心の奥にしみこんでいく。
そして、返事をするかのように、ドキンと胸がなった。
ずっと、押し込めていた本当の自分が喜んでいる。
頭でそう思うんじゃなくて、心がそう叫んでいた。
「……うん」
なんとかそれだけ答えると、涙があふれてきた。
「え、あ、……どうした!? もしかして、俺に、そう呼ばれるの嫌だった……!?」
焦る森野君。
私はぶんぶんと首を横にふって、泣きながら言った。
「嬉しくて……。森野君に花って呼んでもらったら、……なんか、すごく嬉しくなって……。ありがとう、森野君……」
「良かった……。じゃあ、花。……実は、俺も花って呼べて、ものすごく嬉しい。が、正直、動揺が激しい……。ということで、慣れるために、今日は連呼するけど、うざかったら言ってくれ。……花」
そう言って、森野君ははずかしそうに笑った。
ひとしきり泣いて笑った私は、花として生きるために、これからどうすればいいのか、森野君の知恵を借りたいと改めてお願いをした。
「じゃあ、さっきの話を聞いたうえで、一応、確認するけど、花が花として生きるために、円徳寺の家を完全に離れる……ってことでいいんだな?」
「うん。あそこにいたら、花には戻れないから。だから、みんなに言う。これからは、古池花として生きるから、円徳寺の家をでますって」
「ちょっと待った! みんなとは、まさか、父親とあの母親とあの妹にか?」
「うん、そのつもり」
森野君が首を横にふった。
「性格のいい花だとそうなるか……。父親はともかく、あの母親と妹は無理だ。話してわかるような人間じゃない。妹の中身が、心優しい異世界人が入っていたから、大人しくなっていた母親も、結局は、その本質はまるで変わっていなかっただろ? きつい言い方だと思うが、あいつらは、花のことを何も考えていない。自分たちのことばかりだ。だが、その点、さっきの話を聞いたら、父親のほうは、まだましかもな……。今まであの母親と妹を放置して、好き放題させて、花を苦しめてきた責任がある。せめて贖罪分くらいは花のために働いてもらわないとな……」
そう言って、考え込んだ森野君。
いつもの爽やかな雰囲気とは違って、やけに鋭い目つきになっている。
なんだか、森野君の違う一面を見たような……。




