円徳寺 ラナ 46
占い師さんのところから帰った私を、穏やかな笑顔で出迎えてくれたルリ。
改めて見ると、やっぱりルリとは全くの別人。
もはや、顔のつくりが同じとすら思えないくらい。
クリスティーヌさんと思わず呼びそうになったら、のどが詰まって、声にならなかった。
ポケットに忍ばせている、小さな剣がずっしりと重みを増したよう。
剣に止められたみたい。
つまり、私はクリスティーヌさんに、あの声の人から聞いた話を伝えてはいけないのね。
もしかしたら、クリスティーヌさんが元いた世界に戻ることをためらったら、術がかかった剣であっても道案内できないのかもしれない。
というのも、クリスティーヌさんなら、私を心配して、この世界に残ると言いそうな気がするから。
まわりをよく観察しているクリスティーヌさん。すぐに、私と母の関係も見抜いた。
そして、自然と緩衝材のようになってくれている。
だから、この1年、私は穏やかに過ごせたのよね。
でも、クリスティーヌさんは、ここにいたら彼女の本当の人生を歩めない。
優しいクリスティーヌさんに、そんな人生を送ってほしくはない。
そのために、私ができることは、クリスティーヌさんには伝えずに、あの剣を使う。
壁に刺した時、剣の刃は消えて、衝撃すらなかった。傷はつかないことも確認したから、その点は大丈夫。
でも、刺すところを見せると怖がらせてしまうから、タイミングを見て、後ろから刺そう。
そうしたら、クリスティーヌさんは、何も気が付かないまま、向こうに戻れるかもしれない。
でも……。
やはり、そうなると、ルリの体には以前のルリが戻ってくる。
もやもやと不安がわいてくる。
「ラナお姉さん、どうかした?」
と、心配そうな顔で私をのぞきこむクリスティーヌさん。
「あ、ううん。ちょっと疲れただけ……」
「なら、ゆっくり座ってて。私、お茶を淹れてくるから」
「ありがとう、ルリ」
私がお礼を言うと、やわらかく微笑んで、お茶を淹れにいった。
その後ろ姿を見て、私は最後の迷いを消し去った。
やっぱり、クリスティーヌさんを元の世界に帰さなきゃ!
私はポケットに手を入れ、力強く剣をにぎりしめた。
それから、私は剣を常にポケットに入れ、使うタイミングを探っていた。
そんな時だった。
私はお母様に話があるからと呼ばれた。
上機嫌のお母様に、憮然とした様子のお父様もいる。
なんだか、嫌な予感……。
お母様の話は、リュウの婚約者を私からルリに変更するとのこと。
どうやら、リュウがルリと好き合っているから、婚約者をルリにしてほしいと頼んだよう。
お母様はリュウの言葉を信じ込んでいる。
「ラナ、ごめんなさい。でも、二人が愛し合っているのなら、二人を一緒にさせてあげて欲しいの。記憶のないルリをリュウ君が支えてくれるのですって。だから、会社も二人に継いでもらうことにしたわ。でも、ラナも心配しないで。リュウ君の片腕になるような立派な婚約者を探すから。将来、会社を継ぐ二人を夫婦で手伝ってもらいたいしね」
と、お母様が嬉しそうに言った。
「おい、いくらなんでも、それは勝手だろう! ラナをこれ以上犠牲にするな」
と、お父様がお母様に怒ったように注意した。
「犠牲だなんて、ひどい言い方。もともと、ラナは、ルリを守ってもらうために養女にしたのよ? ルリを優先するのが、姉としては当然よね」
「おまえっ……!」
お父様が声を荒げたところに、クリスティーヌさんが現れた。
どうやら、婚約者変更の話をもう聞いたらしい。顔が真っ青だ。
「私は、リュウさんのことは好きでもなんでもありません! 婚約者の変更などやめてください。私は、誰とも婚約しません!」
クリスティーヌさんが叫んだ。
が、お母様は、クリスティーヌさんに優しく微笑んで言った。
「ルリ、姉の婚約者を好きになるなんて、辛かったわね。でも、もう我慢しなくていいの。幸せになりなさい」
「だから、違うんです!」
「ラナに気をつかって、優しい子ね、ルリは。でも、遠慮しないでいいのよ」
と、お母様。
絶望した顔で、今度は私のほうを向いたクリスティーヌさん。
「ラナお姉さん! 私、リュウさんのことは好きじゃないですから!」
と、叫んだ。
もちろん、わかってる……。
そして、クリスティーヌさんを帰す時がきたことも。
ためらってはいけない。
クリスティーヌさんに、私のことを心配するひまを与えないよう、剣を使わないと!
私は、勘のいいクリスティーヌさんに変に思われないよう、あきらめたような顔をして言った。
「でも、リュウはあなたのことが好きなの……。もう、いいわ」
クリスティーヌさんは、お母様の方へ近づくと、再度説得しはじめた。
今だ! そう思った。
私はポケットから剣をとりだす。
すると、剣が意志を持ったように、勝手に、クリスティーヌさんの背中をめがけて向かっていく。
ドンッ
え!? なんで、衝撃が……!?
壁を剣が刺した時は衝撃がなかったのに……!?
手を放しても背中に突き刺さったままの剣。
一気に血の気がひいた。
「きゃああ! ラナ! なんてことをっ……! だれか、救急車!」
お母様の叫ぶ声。
茫然とする私に、クリスティーヌさんがゆっくり振り向いた。
「私はルリじゃないの……。ルリは、私の世界にいるわ……。ごめんね……ラナ。こうなる前にとめられなくて……。でも、あきらめないで……。私のようなラナ。どうか自由になって……」
頭が動かない。かわりに、涙があふれだす。
その時だった。
きらきらとした光が舞い始め、クリスティーヌさんの体が消え始めたのは。
そして、その光の粒は私の体も取り囲み始めた。
お母様の叫び声がどんどん遠くなっていく。
見下ろすと、私の体も透けていっている。
同時に意識が薄れ始めた。
もう、クリスティーヌさんの体は見えない。
もしかして、上手くいったのかしら……?
クリスティーヌさん……、どうぞ幸せにね……。
ぼんやりした意識で、そう願った時、紫色の光が目の前にひろがった。
剣についていた石の色みたい。
確か、魔石って言ってたっけ……。
すると、紫色の光が弾けるように強く光った。同時に、光の中から声が飛び出してきた。
(ありがとう! これで、歪んだ時は消えた。次は君の番だ。私から君に最大の加護を。自由に生きるんだ、ハナ……)
あっ、あの声……。
そう思ったのを最後に、私の意識は完全にとだえた。




