円徳寺 ラナ 45
ラナ視点に戻ります。
「この剣の持ち主は……あなたですよ」
と告げた占い師さんの言葉が、頭の中で繰り返される。
違う、私じゃない!
そう言いたいのに、何故だか、こちらに向けられた剣の柄を握りたくなってしまう。
すると、ベール越しに、また、占い師さんが言った。
「さあ。この剣を手に取ってください。手遅れにならないうちに」
「手遅れ? それって、どういう意味ですか……?」
「界を渡ったこの剣が使える時間には限りがあるからです。剣が元の世界を忘れてしまえば、その剣はただの剣になってしまう」
「は? 界を渡る……? 一体何を言ってるんですか……?」
「つまり、この剣は、あなたの世界の物ではない」
「全然意味が分からない……。なにより、あなたは一体誰なんですか!?」
混乱して、大きな声をあげてしまった私。
次の瞬間、ぶわっと脳裏に男性の顔が浮かんだ。
グリーンの瞳の、やけに美しく華やかな顔立ちの人。
燃えるように真っ赤な髪の色だけは占い師さんと同じだけれど、まるで別人。
でも、さっきから聞こえる声とその顔が、私の中で一致した。
ベール越しに、その声は更に私に訴えかけてくる。
「あなたの傍に、内側に違う存在が入っている者がいる。その存在は、あなたの世界にいてはいけない。本来の世界に戻らなければならない。あなたが、この剣を使ってくれれば、後は剣が、その存在を元の世界へと道案内ができる。……こう言えば、あなたなら、その人物が誰かわかるはずですよね?」
その瞬間、ルリの顔が浮かんだ。
記憶を失ってから、まるで別人のようになったルリ。
この人の言ったように、中身だけが別の世界から来た別人だったとしたら……。
今までの違和感も全て腑に落ちる。
つまり、その人が違う世界へ戻ってしまうと、また、本当のルリが戻ってくるってことよね。
前の生活に戻ってしまう。
「そんなの嫌……」
思わず、本音が口からでた。
「気持ちはわかります」
「え?」
「いえ、なんでもありません……。が、今、あなたのまわりは歪んだ状態です」
「……それは、どういうことですか?」
「あなたのそばにいる人間は、内側だけが違う存在であっても、同じ外側の体が、2つの世界にある状態です。そして、内側の存在の体はどちらの世界にもない。つまり、界を渡った二人の人間の時空が歪んでしまっているということ。そんな状態の存在と関わっていて、今、あなたが表面上、穏やかな日々を感じていたとしても、それは歪んだ時空の上にある仮初の状態。いつ、どうなるかはわからない」
「……」
「それに、あなたの近くにいる存在は、そちらの世界にいても、傷ついた心が真に救われることはない。そして、こちらの世界に迷い込んだ者も、報いを受けるのは、こちらの世界ではない。元いた世界で、己のしでかしてきたことに向き合うべきだ」
やっぱり、ルリのことだ……。
そう、確信した。
「その二人に関わっているあなたを、この剣は選んだのです。おそらく、あなた自身も歪んだ縁は切れるはず。……ここからは、私自身の願いになりますが、私の弟は、今、あなたの近くにいる存在を、身を削りながら、ずっと待っています。弟のためにも、なんとしてでも帰ってきてもらいたい……」
今までの冷静な声と違って、やけに人間らしく聞こえた。
弟さんのことを、とても心配していることが伝わってくる。
「あの……、今、ルリの中に入って……いえ、こっちに来てしまった方のお名前はなんていうのですか?」
「クリスティーヌ嬢です」
「クリスティーヌさんって言うのね……」
その名前を聞いた途端、しっくりきた。
私は、クリスティーヌさんがルリの体に入ってからの穏やかになった日々を思いだす。
優しくて素敵な女性だと思う。
何があって、ルリの体に入ったかはわからないけれど、元いた世界には、そんなにも、クリスティーヌさんを待っている人がいるんだね。
確かに、クリスティーヌさんは、ここでルリの体に入ったままで過ごすより帰ったほうがいい。
私に穏やかな日々をくれたクリスティーヌさんには、幸せになって欲しいから。
私の覚悟が決まった。
歪んだ世界を正す為などではなく、クリスティーヌさんの為に、私ができることをしたいと思った。
「わかりました。やってみます。この剣で刺しても、刺した相手は傷はつかないのですよね?」
「ええ、もちろんです。歪んだ一切を断ち切り、あるべきところに戻すだけです。剣の柄に紫色の石があるでしょう?」
剣に目を向けると、紫色の石が異様なほど光っている。
「はい、ありますが……」
と、石を見ながら答えた。
「それは魔石です。私はその魔石を通して、今、あなたを見て、近くの者の口を借り、会話をしている。だが、界を超えてそれができるのも、これが限界。もう、これ以降、話すことはできません。最後に、せめてもの感謝の気持ちを込めて、あなたがこの剣を使う時、私の魔力でもって、あなたに全力の加護を注ぐように魔石にこめておきます。この剣を使って、あなた自身も自由になりなさい。ラナ……いや、魂と音が違うな……。ハナ……」
え、なんで、その名前を……!?
と、その時、「うわあっ!」と、目の前で声がした。
占い師さんが、ひったくるようにしてベールをぬいだ。
「ねえ、今、私、なんか憑依してたよね!? 意識がとんじゃって、全然、わからなかったんだけど!? 何が起こったの!?」
と、興奮気味に聞いてくる占い師さん。
が、私は、答えることもせず、ただ、とまどっていた。
というのも、あの声に「花」と呼ばれたことで、私の心の奥で閉まっていた何かが開いたような気がしたから。




