挿話 あの後のこと 10 (ダグラス視点)
ルリはその男を待ち伏せた時の状況を、事細かく、べらべらと話し続ける。
まあ、要するに、ルリの調べどおり、男は公園にやってきた。
が、ルリは、すぐに話しかけず、様子を見ていたそうだ。
なんでも、待ち伏せではなく、運命っぽく感じるように偶然の出会いを演出したかったらしい。
意味がわからん……。
何が運命だ。
どう考えても、その前の行動から考えて、気持ちの悪い待ち伏せだと思われるだろう?
そんな時、その男に電話というものがかかってきて、話しながら、立ち去ったらしい。
電話とは、こちらの世界にはない小さな機械で、遠くにいるものと連絡できるものだという。
魔道具でもないのに、そのような高性能な物があるとは、かなり興味をひかれたが、そこをつっこんで聞いても、ルリは仕組みを説明することはできないだろう。
何より、今は話をそらすべきではない。
ルリは話し続けた。
「でもね、その時、先輩が何か落としたんだ。拾うと、青い星の柄がある、まるいガラス玉に紐がついた、ストラップだった。ダサすぎて、びっくりしてたら、先輩があわてて戻って来たの」
ストラップ? これまた聞いたことのない言葉だが、その言葉は重要ではなさそうなので聞き流す。
「私の顔を見て、先輩はすごく驚いていたけど、ストラップを見て、『そのトンボ玉、返してくれ!』って、ものすごく焦った顔で叫んだ。理由を聞いたら、幼馴染だった奈良林あいなが子どもの頃に手作りした物で、先輩にとってお守りなんだって。どおりで、ダサいわけだなって……。でも、その時、これ、使えるってひらめいたの!」
そう言って、ルリは嫌な笑みを浮かべた。
この先の嫌な展開が読めて、思わず眉間に力が入る。
が、核心にせまってきていることもわかるので、我慢して先を促す。
案の定、ルリは男にとって大事な玉を返すことへ、交換条件をだした。
本当に性根がくさってるな……。
「返すかわりに、一カ月、ルリと付き合うこと。それはできないって先輩は言ったから、ルリが、そのガラス玉を地面に置いて踏もうとしたの。トンボ玉だか、なんだか知らないけど、踏んだら割れるかなあって」
なるほど、ならば、俺がおまえを踏んでやろうか……と、思わず、心の中で毒づいた。
目の前では、踏みつぶしたくなる嫌な笑みを浮かべたルリが、話し続ける。
男にとったら、よほど大事な玉だったのだろう。
結果として男はルリの条件をのんだ。
しかも、交換条件で付き合っていることを、その期間、誰にも言わないこと。
きちんと、奈良林あいなと別れてから、ルリと一カ月付き合うことという、あり得ない条件付きでだ。
が、その男も条件をだしたらしい。
男の体には絶対に触れるなということと、その玉を絶対に傷つけないとの二つだ。
真面目な男だと言うことが伝わってきて、更に気の毒になる。
「まあ、一カ月もあれば、誰だってルリを好きになるからねー」
と、これまた、頭がおかしいとしか思えない発言をするルリに私は聞いた。
「それで、一カ月、付き合ったのですか?」
と。
その瞬間、ルリの顔が怒りの顔に変わった。
「全部、あの女のせいで!」
と、ルリが悔しそうに叫んだ。
もともとの性質なのか、術が効きすぎているのか、感情の波が激しすぎる。
「先輩は約束通り、あの女と別れてくれて、ルリと付き合うことになったんだ。なのに、初めてデートする日よ! あきらめの悪いあの女が、『彼氏をとるな』とか言って、つっかかってきた。だから、私、あのガラス玉を見せながら、奈良林あいなに言ったの。『先輩が、もう、これ、いらないって言うから、もらったんだ』って。そうしたら、奈良林あいなが、すごい顔で、そのガラス玉を取りかえそうとつかみかかってきたんだよ! で、もみ合っていたら、あいつ、何かわめいて、私を階段から突き落とした! ほんと、狂ってるよね!?」
狂ってる? それは、おまえだろう……。
それにひきかえ、奈良林あいなは優しいな。
私が同じことをされたのなら、階段から突き落とすなど生ぬるいことはしない。
だが、やっと、肝心のところにきたな……。
私は最後の仕上げにぬかりがないよう、再度、ルリの目をじっと見て言った。
「それから、どうなったのか、あなたが不安に思っていることも、包み隠さず、話してください。何があっても、大丈夫ですからね」
ルリは熱に浮かされたような目をして、こくんとうなずいた。
「階段から落ちる時、手にもっていた、あのガラス玉……、あれが割れたの。で、私の顔に突き刺さってきた。もう、顔が引き裂かれるように痛かった……! そこから記憶がなくて、気が付いたら、こっちの世界にいたんだ。多分、あっちの世界に戻ったら、私の顔は大きな傷がついていると思う! このきれいな顔に傷がつくなんて、嫌! だから、絶対に帰らない!」
なるほど……。やたらと容姿だけを気にする女だからな。
それで、帰りたくなかったのか……。
私はルリに聞いた。
「どこに突き刺さったのですか?」
ルリは顔の右の頬を手のひらでおさえた。
「ここらへん全部」
「少し触ってもよろしいですか?」
そう言って、私が微笑むと、急に、ルリは嬉しそうな顔になり、大きくうなずいた。
うるんだ瞳で見上げてきて、気持ちが悪い。
触りたくもないが、触って確認すれば確実だ。
私は自分の手のひらを、そっと、ルリの右の頬にあてた。
そして、手のひらに魔力を集中させて、ルリの頬の奥を探る。
あった……。
確かに、この世界にはない何かがそこに残っている。
持ち主に害をなす相手に、最後の力で抗った玉の残骸か。
しかも、今もなお、その強い念は消えず、くすぶっている感じだ。
長く大事に使っていると、物に魂が宿る時がある。
この玉はまさにそうだったんだろう。
つまり、この小さい玉が、ルリが界を渡る発端になったのかもしれない……。
口の端があがりそうになるのを抑えて、私はルリに言った。
「大丈夫ですよ。魔力で診ましたが、頬には何も残っていません。おそらく、こちらの世界に戻る際に消えてしまったのでしょう。仮に、あちらに戻ることがあっても、傷にはなりませんよ」
「え、ほんと!? じゃあ、伯爵様のことが気に入らなかったら、あっちへ帰ろうかな」
と、まるで旅行にでも来ているような気楽な声をあげたルリ。
が、そんなルリを見ても、もはやなんとも思わない。
やっと、私がルリにするべきことが、はっきりと決まったからだ。
私はすっきりとした笑みを浮かべて、ルリに告げた。
「では、あと数日したら準備を整えてお迎えに参ります」
次回からは、一旦、ラナ視点に戻りますが、挿話のダグラス視点は、後程、あと一回、でてくる予定です。




