ムルダー王太子 1
今回からムルダー王太子の視点となります。どうぞ、よろしくお願いします!
ぼくには、婚約者がいた。
名前は、クリスティーヌ。アンガス公爵家の令嬢だ。
婚約したのは、ぼくが5歳の時。クリスティーヌは4歳だった。
輝くような銀色の髪に、紫色の瞳は宝石みたい。
「はじめまして、おうたいしさま。わたしは、アンガスこうしゃくけのクリスティーヌともうします」
そう言って、はずかしそうに微笑んだクリスティーヌ。
ぼくは、ひとめで好きになった。
「ぼくのことは、ムルダーって呼んでね」
「はい。…ムルダーさま」
そう言って、にっこりしたクリスティーヌは妖精みたい。
ぼくは、婚約者がクリスティーヌで良かったなって思った。
それから3年がたった。
ぼくは8歳、クリスティーヌは7歳になった。
どんどん、きれいになっていくクリスティーヌ。
銀色の長い髪をふわふわさせながら王宮を歩く姿を見て、みんなが口々にほめる。
「クリスティーヌ様って、神秘的よね」
「ムルダー様もお美しいから、本当にお似合いだわ!」
なんて聞こえてくるんだ。
そのたびに、ぼくは、うれしくてたまらなくなる。
でも、最近、クリスティーヌに、なかなか会えない。
クリスティーヌは、ほぼ毎日、王宮へ来ているのに、王太子妃になるための勉強が忙しいんだって。
だから、ぼくは、王宮の中で、銀色の髪を探すのが癖になった。
偶然見かけたら、色々放り投げて、走って行く。
だって、少しだけでも、しゃべりたいから。
ぼくを見ると、クリスティーヌの顔が、ぱあっと明るくなるんだ。
しっかりしているけれど、そんなところは、やっぱりかわいい。
だけど、家族のことを聞くと、顔がくもるんだよね。
だから、あまり聞かないようにしている。
なのに、この前、クリスティーヌが、妹のことを嬉しそうに話しだしたので、ぼくは驚いた。
なんでも、クリスティーヌの部屋に初めてやってきた妹が、髪留めを欲しいって言ったらしい。
だから、花柄の髪留めをあげたら、すごく喜んでくれて、かわいかったって。
その時のことを思い出したのか、ふんわりと微笑むクリスティーヌ。
ぼくにしたら、そんな顔をするクリスティーヌのほうが、ずっとずっと、かわいいのにね。
ちょうどその頃、ぼくと同じくらいの年の高位貴族の子息たちが、王宮へと集められた。
ぼくの側近候補を選ぶらしい。
ぼくの教育係の説明では、有力候補は、次の3人。
宰相の息子で、侯爵家のロス。
ぼくと同じ年で、もともとぼくとは仲がいい。
もうひとりは、伯爵家のバリル。
ひとつ年上で、気が強い。
この中では、一番、爵位が低い伯爵家だけれど、ぼくの父である王の親友の息子ということで、態度が大きい。
あとひとりは、公爵家のライアン。ぼくと従兄弟で同じ年。
他の子より身分が上の公爵家の子息。でも、ほとんどしゃべらない。おとなしい子。
あとは、侯爵家の子息が2人いる。どちらも、ぼくよりひとつ年下だ。
ぼくたちは、王宮で定期的に会うことになった。
交流を深めるんだって。
お茶やお菓子が用意された部屋で、ぼくたちだけで、ある一定の時間、自由にすごす。
そんななか、ひとりだけ、いつも、静かに本を読んでいるライアン。
今日も、窓際においてある椅子にすわって、手には本を持っている。
だけど、ライアンの目線は、窓の外。
緑色の瞳をきらきらさせて、やけに真剣に、何かを、じっと見つめている。
一体、何を見ているんだろう?
気になって、ライアンの視線の先をたどると、…あ、クリスティーヌだ!
勉強の合間の休憩みたい。
中庭のベンチにすわって、本を読んでいる。
銀色の髪が、ふわふわと風にゆれていた。
ぼくは窓のところにかけより、「クリスティーヌ!」と、声をかけた。
すると、クリスティーヌが本から顔をあげ、ぼくを見つけて、うれしそうに笑った。
ぼくもうれしくなって、思わず手をふる。
ふと、ライアンを見ると、顔が赤くなっていた。
もしかして、クリスティーヌに見とれてたの?!
ぼくは、なんだか腹が立った。
クリスティーヌはぼくの婚約者なのに、あんな目で見てたなんて!
それからなんだよね。
ライアンを見ると、イライラするようになったのは。
ある日、ぼくは、ライアン以外の子たちの前でつぶやいた。
「ライアンって、全然しゃべらないし、つまらないよね?」
池に落とした小石のように、ぼくの言葉から波紋がひろがる。
すぐに、みんなが、ライアンの悪口を言いだした。
特に、ロスとバリルは、率先して悪口を言った。
身分が高いライアンを疎ましそうに、ねたんだ目で見ていたからね。
悪口を言われても、ちっとも言い返さないライアン。
ただ、怯えたような顔をするだけ。
すると、すぐに、2人は、言葉だけではおさまらず、ライアンに嫌がらせをはじめた。
ライアンの本をとりあげては隠したり、嫌がるライアンを追いかけまわしたり。
部屋の外で控える大人たちにばれないように、ライアンをいじめる2人。
そして、ぼくと他の2人はというと、…見て見ぬふりをしていた。
そんなある日、バリルがライアンの大事にしていた本をやぶってしまった。
そのとたん、せきをきったように泣き出したライアン。
泣きながら、部屋から飛び出して行った。
その姿に、ちょっとだけ胸が痛くなった。
でも、ぼくは悪くない!
ぼくのクリスティーヌを、あんな目で見るライアンが悪いんだ!
読んでくださった方、ありがとうございます!
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ムルダー編は、あと36話と長いですが、よろしくお願いします!