ただの友人
へえ、「ただの友人」ねぇ〜。
セルザム家を後にし、馬に乗った帰路でルー王子の言葉を反芻した。
ただの友人である後輩のために、卒業生がわざわざ休日に「勉強を教える」ねぇ。
しかも『メルファランス』で朝食を取りながら。
メルファランスといえば王都で有数の人気店だ。超高級な、上位貴族御用達のレストラン。
きっとオリアーナが「一度行ってみたいのですが、私なんか恐れ多くて」などと同情を引き、ルー王子が私に任せろと張り切ったに違いない。
ヨイショされて持ち上げられるのが好きな王子は、取り巻きの友人たちも「王子すごい!」「王子素晴らしい!」「王子ステキ!」と賛辞する者ばかりだ。
いつからか甘い者ばかりで身辺を固め、苦言を呈する者は遠ざけてしまった。
私も婚約者とは名ばかりで、最近ではデートはおろか学院の外で会うこともなくなっていた。
王城に戻ると、オリアーナが待っていた。
「お会いできるかどうか分かりませんよ、とお伝えしたのですが」と王子つきの執事ジェリーに困惑顔で伝えられ、「会う」と即答した。
王族の婚約をぶち壊した張本人が、どういう顔をしてお城へやって来たのか、見てやろうという気になったのだ。
現れた私を見て、オリアーナはまるで生き別れの身内に再会したような感激ぶりで、ばっと飛びついてきた。
ポロポロと泣き出して、「よっ良かっ…たっ、ご無事…でっ」と詰まりながら言葉を紡ぐオリアーナは、驚くほど小さい。
元の私との身長差も15センチほどあったが、王子となった今ではその差25センチ!
ちびっこくて童顔で泣き虫な、おんなのこおんなのこした年下の女の子。
あー、コレに懐かれてころっとほだされる気持ちも分からなくはない…………けど、やっぱり私は不快だなあと冷静に思いながら、腰に抱きついているオリアーナのつむじを見下ろした。
「予定を急にキャンセルして、心配をかけて悪かったね」
顔を上げたオリアーナが、涙に濡れたピンク色の瞳で子犬のように私を見た。
「ただ、人前で臆面もなくこんな風にされては困る。誤解されちゃうでしょう? 私たちは『ただの友人』なのに」
よほど意外な言葉がけだったのだろう。
オリアーナは目を丸くして、少し固まったあと、慌てて飛び退いた。
「ごっ、ごめんなさいっ、ルーファス王子殿下っ。殿下のお顔を見たら、あんまり嬉しくって、つい……」
オリアーナは顔を真っ赤に染め、再びこぼれ落ちそうな涙を何とかこらえるべく、瞬きを繰り返した。
髪色と同色の長いまつ毛が揺れる。チェリー色のぷるんとした小さな唇もとても可愛らしい。
思わず凝視した。
「殿下。では、わたくしは下がりますね」と勝手に気を利かせようとした執事のジェリーを引き留めた。
「いや、待てジェリー、居てくれ」
人前じゃないならオッケーとか、そういう意味じゃないんだわ。
執事のジェリーは、学院卒業後のルー王子の指導係を兼ねているそうだが、王子曰く「やる気がなくて、ろくに何も教えてくれない」と情報交換の際に聞いた。
「ちょうどいい機会だ。オリアーナ、君に話がある。私の婚約者だった、メイヴィス・マライア・セルザ厶が君に陰湿な嫌がらせを執拗に繰り返していた、という件だが」
「……はい、それが何か……」
オリアーナの顔つきがきゅっと引き締まった。
メイヴィスの名を聞くだけでも恐ろしい、という風に。
「本当にそうだろうかと疑問に思い、調べ直した結果、君の思い過ごしの可能性が高いと判断した。メイヴィス嬢へ謝罪を入れ、ヒューバート卿を復職させ、セルザム家の名誉を挽回する」
そうだ、今の私ならそれができる。
オリアーナが何と言おうが関係ないが、一応の事前報告だ。
「そんな…今さら……どうしてですか? メイヴィス様が、何か言ってこられたんですか? 殿下は、私よりメイヴィス様の話を信用なさるのですか? 私が、田舎男爵の娘だからですか……」
オリアーナが言った。涙ながらに可愛らしく上目遣いで。
今すぐ抱きしめて、守ってあげたくなる愛くるしさだ。
「家柄は関係ない」と私はきっぱりと答えた。
「人間性だ。私とメイヴィスは、君よりずっと長い付き合いがある。彼女の人間性をよく知ってるのに、噂話に惑わされてしまった私が馬鹿だった。とても悔いているよ」
大袈裟に苦悩の表情を作り、馬鹿殿下が決して言わないような言葉を吐くと、オリアーナは唖然とした。
「……では、メイヴィス様と復縁なさるのですか? 婚約破棄を取り消されて」
「いや、それはない。私がいくら悔やんで謝ったところで、彼女はもう私に愛想を尽かしているだろう。一方的に婚約を破棄したり、復縁したり、許されることではないからね。それでもきちんと謝罪をして、彼女の家の名誉を回復させることは私の義務だ」