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「助かった。これで当面の生活には困らないな」


私が書き記したメモの山を見て、ルー王子は嬉しそうに笑った。

それを見て、また気恥かしさに襲われた。


私はこんな風に笑わない。人前で相好を崩すなど恥ずかしいことだ、と教育された。


笑う=口角を上げて瞳を細めることだ。

外出先では扇子を携え、口元を隠して笑うのが貴婦人たるマナーだ。


王子も知っているだろうが、その辺のことも念のため釘を刺しておいたほうが良いだろうか。

「うるさい」「言われなくても分かっている」とまたすぐにご機嫌を損ねるだろうか。


と逡巡して、ふと気付いたことがある。

ルー王子の綺麗に纏められた髪と、普段使いのドレス。

朝起きて、ちゃんと身支度をしたということだ。部屋つきメイドのカサンドラが手伝ってくれたのだろうが、当然王子も目にしたのだろう。私のあられもない姿を。


「ん? どうかしたか?」


「あの、王子。念のために申し上げますが、私と殿下はもう婚約関係にはありませんし、私の嫁入り前の大事な体に、必要最低限以上の関心を持たぬよう、お願いいたしますね」


「なっ、そんなことは言われなくても分かってる! 失敬な、私は紳士だぞ。君こそ、そうしてくれ。あ、だがあれだ。男の体には自分の意思とは関係なく、やむを得ない生理現象が起こることがあるんだ、特に寝起きとか。そのときは気が萎えるようなことを頭に思い浮かべてくれ。その、あれだ、数式とか唱えるのもありだ。ムズムズしてもそこには触れないでくれ」


「言われなくても分かってますっ!」


「えっ、分かってる…!?」


王子があまりにあたふたと狼狽するので、コホンと咳払いした。


「花嫁勉強として、経験はありませんが知識として学びましたので」


「なるほどそうか、花嫁勉強で……」


「はい」


「……」


微妙な沈黙が流れる。

気まずい空気を今さら出されても困る。


せっかく王子の婚約者として色んな勉強をしてきたのに無駄になってしまった、なんて別に落ちこんでもいないし。

王子と結婚しなくても、知識は無駄にはならない。


「あのな、あれだ。婚約を破棄するつもりなどなかったんだ、私は」


気落ちした表情の『私』がボソリと言った。


「君がオリアーナに謝ってくれれば良かったんだ。あのときそう言ったよな? 君が謝って行動を改めてくれれば、それでいいと」


は?と思わず声に出しそうになって、呑み込んだ。


「なのに君は、私たちを睨みつけて無言で去った。だから周りの者たちがみな憤慨して、あんな性悪女とは別れるべきだと騒ぎ立てて、事が大きくなってしまったんだ。あれよあれよと言う間に取り返しがつかなくなり、婚約破棄せざるを得なくなってしまった」


「は?」と今度は小さく声に出てしまった。


「いやいやいや、ルーファス殿下は王子ですよね? 殿下が一言、しっかりとご自身の考えを発言なされば、周りの動きを食い止められましたよね? 殿下のお言葉を無視して、聞き入れない者ばかりに囲まれていらっしゃるのです? なら仕方がございませんね」


一度声に出すとつい止まらなかった。

ルー王子はぐうの音も出ない様子で、しゅんとした。

私の顔で悲しい顔をするのはやめてほしい。


「あ、そういえば今日はオリアーナ嬢とデートの約束をなさってたんですね。緊急事態でしたのでキャンセルしましたが」


腹立ちが収まらず、嫌味たらしく言った。


「後のフォローはどのようにすれば宜しいです? 彼女にはどのように接すれば良いのでしょう。日に何度愛していると囁けば良いのでしょうか」


「デートではない。勉強を教える予定だった。オリアーナは学院での授業についていけず、家庭教師を雇う負担も家にかけたくないと言うから。なら私が教えようという話になったまでだ。私たちは愛を囁くような仲ではない。ただの友人として接してくれ」


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