回想
帰国したばかりの頃の王子を思い出した。
当時のルー王子はしばらく国を離れていたため、まるで知らない土地に来たかのようだった。
レティシア妃が第二子を出産されるために隣国へ里帰りされた際、幼かったルー王子もそれについて祖父母の元に身を寄せていたのだ。
当初の予定では滞在期間は数ヶ月だったが、レティシア妃が第二子を死産して心身ともに不調をきたしたため、もう少し実家で静養されることとなった。
王妃の不調はなかなか改善されず、帰国が叶わないまま半年、1年と過ぎた。
ルー王子も母親や祖父母と離れたがらなかったが、一国の王太子がいつまでも国に戻らないというのは良くない。
王子だけでも先に帰国せよという国王側の呼びかけに応じ、渋々戻ることとなった。
が、そこでまた大きな問題が起きた。
我が国で内乱が勃発したのだ。
わざわざ戦争の最中に戻ることはない、と王子の帰国は見送られた。
王子がそれなりの年齢であったなら、隣国からの援軍を率いて馳せ参じるべき立場だったが、当時の王子はまだ6歳になったばかりだった。
内乱は1年3ヶ月で終結した。
このとき功績を上げたのは、武闘派代表である我が公爵家だった。
現在は長兄に家督を譲り田舎領で隠居している父が総指揮を執り、兄たちも前線で剣を振るった。
長兄は私の一回り上で当時18歳、年子の次兄は17歳で、すでに即戦力だったのだ。
私はルー王子と同じくまだ6歳だったが、当時のことは色濃く覚えている。
戦時中は日常がピリピリと緊迫していて、貴族令嬢だからといって優雅に暮らしてはいられなかった。
ドレスは着ずに、使用人の少年と同じ服装をしていた。髪も短く切り揃えられ、短剣の使い方を真剣に教え込まれた。
もし敵と遭遇しても、命乞いや背を見せて逃げるような醜態は晒すな、と父は言った。
6歳の娘にも父は容赦がなかった。
実際に生活の場を襲撃されるようなことはなかったが、当時のことは忘れられない記憶だ。
終戦後も反乱者のあぶり出しやその処罰、国政の立て直しや功績者への処遇などで大忙しだった王家は、すぐに王子を迎えることができなかった。
全てが何となく落ち着き、ルー王子が隣国から帰国したのは、終戦から2年だ。
ルー王子も私も9歳だった。
帰国してすぐに、私は王子の婚約者となった。
それは我が公爵家が戦果を上げたからだ。
功績への報奨として、娘を王子の妃とすることを父が国王陛下へ所望したのだろう。
ずっとそう思っていたが、いつだったかそのことをレティシア妃への手紙に書くと、知らなかった情報を知らされた。
『メイ、あなたをルーのおよめさんにしたいとたのんだのは、あなたのお父さまからではなくて、私と国王へい下からなのです。
あなたのお父さまとお兄さまたちがステキな人だから、そしてあなたのお母さまもとてもステキな人でしたからね。私とあなたのお母さまは古いお友だちなのよ。良い思い出しかないわ。
メイ、あなたがルーのおよめさんになってくれたら、とてもうれしいです。ルーは少したよりないところがあるから、しっかりしたメイがそばにいてくれたら安心よ。
めんどうをかけるけれど、どうかよろしくね』
ああ、一言一句思い出せてしまう。
“面倒をかけるけれど、どうかよろしくね”
レティシア妃のその言葉が脳裏に刻まれているせいか、半ば使命感でルー王子の世話を焼いてしまう。
出会った当初は可愛げのあった王子が、段々と可愛げがなくなってきても、私は妃との約束を果たすべく王子の動向に目を光らせた。
「うるさいな」「いちいち言われなくても分かっている」と煙たがられ、「いい加減、私に命令するな。立場をわきまえてくれ」とつっけんどんに言い放たれてからは、距離を置いたけれど。