結末
「あら、あなた達。元に戻ってるじゃないの。良かったあ!」
開口一番、レティシア妃はそう言い、その瞬間身体中から力が抜け落ちた。
ホッとしすぎて、立っている足の力さえ抜ける。ヘナヘナとしゃがみ込みそうになるのを何とか踏ん張った。
隣に立つルー王子もわなわなと小刻みに震えているのが見えた。
まずい、かなり怒っている。
それもそうだ。遡ること十八日前、レティシア妃の「今度こそ本当の訃報」を受けた私たちは、すぐにでも旅立ちたい気持ちを一日こらえ、例の方法に則って就寝した。
翌朝、目覚めると景色が違っていた。
ルー王子としてお城で寝ていたはずの私は、公爵家の部屋で目覚め、そこで寝ていたはずのルー王子はお城で目が覚めた。
すぐに自分の手足を確認して飛び起き、姿見に駆け寄って自身の姿を映して見た。
信じられない、奇跡が起きたのだ。
公爵令嬢メイヴィス――いや、王太子妃メイヴィスの姿がそこにはあった。
起きぬけの長兄へ報告し、急いで身支度をしているとルー王子がやって来た。ルー王子の姿で。
お互いの姿を見て、抱きしめ合った。
しかし私たちはゆっくりとその奇跡を噛みしめる余裕はなかった。
レティシア妃の安否が気がかりで仕方なかったからだ。
レティシア妃の死と引き換えに、この奇跡が起きたのではないか。
そう考えるととても息苦しく、焦燥感に駆られ、一刻も早く隣国へ着くようにと馬を走らせて来たのだ。
レティシア妃の「今度こそ本当の訃報」がまたしても嘘で良かった。
心底ホッとしたし、気が抜けた。
ルー王子も同じだと思うが、それ以上にきっと怒っている。
前回も「質の悪い冗談だ、ふざけるな」とひどく怒っていたし、しかも二度目。
「ルー王子……」
フォローしようと呼びかけると同時に、ルー王子はレティシア妃に向かって、スタスタと歩いて行った。
「生きてて良かった……本当に。貴女という人は、何度私を哀しませたら気が済むのですか。勘弁してください」
小さく震える声で言い、ルー王子は立ち尽くしているレティシア妃をぎゅうと抱きしめた。
折れそうに細い、レティシア妃の美しい手がルー王子をそっと抱き返した。
「ごめんね、ルー……ごめんなさい。でも、これしか思いつかなかったの。あなた達が元に戻れるかもしれない方法。もう一度同じ嘘をついたらどうかしら、ってね。一か八かの賭けよ。もし駄目でも、貴方に嫌われるのは慣れているし、どうってことないわと思っていたけれど……愛しているわ、ルーファス……」
レティシア妃と抱き合うルー王子の後ろ姿を眺めながら、親子が和解できて、愛情を再確認できて本当に良かったと思う反面、少しだけモヤッとした。
これは何だろうかと考えて、思い当たったのはヤキモチだ。
ルー王子に? レティシア妃に?
まあ、ルー王子がマザコンなのは今に始まったことじゃない。
元々マザコンだと知っていて、好きになったのだから仕方ない。今だけは大目に見てあげよう。
隣国からの帰り道、少し不貞腐れている私に気付くこともなく、ルー王子は底抜けに明るい顔をして言った。
「帰ったらめちゃくちゃ忙しいな」
「そうですね、半ば強引に旅立って来ましたし。キャンセルした予定の埋め合わせや、入れ替わり解消後の引き継ぎも沢山ありますし」
「そんなことは、いやそれらも勿論大事だが、もっと大事な予定があるだろ」
「何でしょう?」
「私たちの結婚式の挙げ直しだ。元に戻ったら、2人だけで結婚式をもう一度挙げようと約束しただろう。君のウェディングドレス姿を見られるのが、すごく楽しみだ。君と色んなことをやり直したい。君の妻でいられた日々も幸せだったが、可愛い妻がいる生活も堪能したいからね」
「ルー王子ったら、いつの間に、そんなにベラベラと歯の浮くような台詞が言えるようになられたんです。昔と大違いですよね」
嬉しいのに照れが勝ってしまい、つい憎まれ口をきいてしまう、可愛くない妻だけど。
「そうだな、君が変えてくれた。ありがとう。愛してるよメイ。横を向いて耳を赤くするとか、可愛くて反則だぞ」
そう言ってルー王子はそっぽを向いている私の片頬にキスをした。




