再現の日
ルー王子と共にセルザム家に泊まった翌朝、王城から知らせの早馬が飛んできた。
国王陛下からの手紙には、
「至急、城に戻って来なさい。君の母、レティシアが息を引き取った。今度は本当の訃報だ」
と書いてあった。
一緒に手紙を読んだルー王子を見た。
顔が強張っている。
「はっ、はは、嘘だな。嘘に決まってる。性懲りもない」
「ですよね、きっと嘘です。近頃は小康状態でいらっしゃると伺っていたし、調子が悪いなんて誰も一言も……」
私も自分に言い聞かせるように口にした。
私たちの結婚式にレティシア妃は来られなかった。
長年向こうのお城から外に出ることもできず、国外へ出るなど到底無理だったからだ。
隣国の両陛下(レティシア妃の弟夫婦)が来国された際に、レティシア妃からのお祝いの言葉と贈り物を頂いた。
それはとても格式のある無難なもので、体裁を整えるには十分だったが、ルー王子は少し不満げで寂しげだった。
何か特別なサプライズがあるとどこかで期待していたのかもしれない。
私たちの結婚式には奇跡が起きて、レティシア妃の病気もすっかり良くなって、帰国できるのでないか、などと。
しかしレティシア妃との距離はさらに遠のいただけだった。
結婚式の準備や各方面への挨拶、新婚生活と公務との調整など、慌ただしくしているときに、レティシア妃からルー王子宛に手紙が来た。
『メイ、ルーと結婚してくれて本当にありがとう。ルーといることがメイの幸せだと感じてくれた、そう理解していいのね? 無理はしてないかしら? 私は一安心したせいか、最近よく眠れるようになったわ。毎日眠れるってとても幸せなことね。この手紙の返事はいりません。メイもルーも忙しいだろうし、2人共これからはなんでも話せる相手がすぐ目の前にいるんだもの。私の出る幕はおしまいよ。ゆっくり休むわね。いつか元気になって、急に会いに行って驚かせちゃうからね。それまで楽しみにしてて。隣国より愛を込めて』
ゆっくり休むから返事は不要だと言われ、額面通りに受け取って返事を書いていない。
そんな……まさか本当に、これで最後になんてならないですよね?レティシア妃。
いつか急に現れて、私とルー王子をびっくりさせてくれるって、そう書いてたじゃないですか。
「王子、すぐに行きましょう。隣国へ。レティシア妃に会いに」
「そうだな、そうしよう。全く、会いたいなら会いたいと真っ直ぐ伝えてくれば良いものを。こんな質の悪い嘘で呼びつけるなんてな。しかも2回目だ」
蒼白な顔でルー王子は笑おうとして失敗した。上手く作り笑いもできないほど、同じく動揺しているのだ。
急いで王城に戻ろうとした私たちを引き止めたのは長兄だった。
「メイっ、じゃなくてルーファス王子殿下。殿下はもう一泊うちでお泊りになってから、明日お城へ戻られた方が良いでしょう」
「どうしてお兄様?」
「それはそうだろう。『レティシア妃の訃報を受け、そのことに思いを馳せながら眠る』という再現をそれぞれの起点で試すなら、まさに今このときだと思うが?」
あっ、と声を上げた。
レティシア妃の安否が気にかかるあまり失念していた。
そうだ、そのためにずっと実家の寝室にこだわってきたのだ。
レティシア妃の声が脳裏によみがえる。
『私が死ななきゃ駄目ね』
まさか、まさかそのためにレティシア妃は自ら命を絶たれたのでは……という想像が頭を駆け巡った。
そんな、そんなまさか……。嘘だ、全部嘘であってほしい。
もし本当に、レティシア妃の死が私たちが元に戻るために必要なことだとしたら、元になんて戻れなくていい。
「ルー王子、レティシア妃は生きてらっしゃいます、だから……」
「ああ、勿論だ。だがメイ、公爵の言うとおりだ。あの日の再現ができるとしたら、今日だ。私は今晩もここに泊まって、母のことを考えながら眠りについてみる。だから君は一足早く城へ戻って、今晩私の寝室で同じようにしてみてくれ」
ルー王子はしっかりと私の目を見てそう言い、崩れそうな私をぎゅっと抱きしめた。
「心配ない。もしそれで戻っていなくても、がっかりすることはない。君が君でいてくれるなら、それでいいんだ。どこにも行かないでおくれ。明日目覚めたらすぐに君に会いに行くから、待っていて。一緒に隣国へ行こう」