本当のこと
今週末のルー王子の実家帰省に、私も付いて行くことにした。
長兄へ本当のことを話すためだ。
ルー王子と話し合い、冗談にもできる程度に軽く切り出して、長兄の反応を見ようということになった。
「もし〜〜だったらどうする?」方式だ。
「もし、私とメイヴィスの中身が入れ替わっていると言ったらどうします?」
義理の兄となった長兄に近況を聞かれ、思い切って切り出した。
婚約破棄騒動で心証が地に落ちていた私だが、その後の頑張りと『メイ』のフォローにより、最近では幾分柔らかい表情を見せてくれるようになっていた長兄が、久しぶりに険しい顔をした。
「……どういう意味ですか?」
眼光の鋭い瞳がじっと私を見据えた。
「えっと……私とメイヴィスの中身が入れ替わっていると言ったら、信じられますか?」
長兄は少し考えてから、
「詳しく話を聞いてからの判断になりますが……それならどこか納得がいきます」
「えっ」と隣で声を上げたルー王子に視線をやり、「この妹は、どこか違う気がしていたので」と言葉を付け足した。
「色々ありましたし、女は年頃で変わるというのでそういうものかと思っていましたが……詳しく話を聞きましょう。わざわざ殿下がいらして、折り入って話があるというから、てっきり噂の真相を問いただされるのかと。私とメイが通じているという」
やはり兄の耳にも入っていたのかと、やるせない気持ちを感じた。
「新婚なのに毎週こちらに泊まりに帰っているせいで、ですよね。ごめんなさい。それにも理由があるの」
実はメイヴィスだと明かしたら、ルーファス王子殿下ぶって話すのが急に恥ずかしくなって、口調を変えた。
兄は軽くぎょっとした顔をしたが、真面目に頷いた。
私とルー王子の話を聴き終え、兄はしばらく黙ったあと、
「そうか、それは難儀だな……」と深い息と共に漏らした。
「原因は不明、と。戻れる可能性に賭けて、うちに泊まってレティシア妃のことを思いながら就寝する、ということを続けたい訳だな」
「ええ、そうなの……迷惑だと思うけど……お嫁さんも来週には引っ越して来るものね」
「そうだな。ライリが来たら毎週泊まりに来られるのはさすがに迷惑だが、月に一度ならいい」
兄は相変わらずハッキリした性格だ。お陰で話しやすい。
「月に一度でも迷惑じゃない? 噂されるのも困るし」
「ライリの母が病気なのは知っているな。月に一度は帰省して母親と会う、というのが私たち夫婦の決めごとだ。何度かに一度は私も一緒に行くし、そうでないときは出張を入れたり、他で泊まることにしよう。私が留守のときだけ泊まりに来れば問題ないだろう。留守番で来ている、という理由にすれば良いしな」
なるほど、と私は感心し、ルー王子は「ありがとうございます!」と返事をした。
兄の前で『私』らしく振る舞わなくてはという枷が外れて、王子も自然体だ。
「しかし問題は……その方法を続けたからといって元に戻れるかどうか分からない、このまま戻れない可能性もある、ということですよね」
兄がルー王子に言い、私たちを交互に見た。
兄の理解力、というか適応力に改めて感心すると同時に、すんなり分かってもらえすぎて逆に不安になった。
「あの、今の話で本当に信じられた? 人間の中身が入れ替わってるなんて、普通簡単には信じられないわ。からかってるのか、とか疑わない? 信じてもらうために、私のこと――兄妹間でしか知らないはずのこととかを質問してもらおう、とか考えてたんだけど」
兄は薄く笑った。
滅多に笑みを見せない人なだけに、昔から兄が笑うと単純に嬉しかった。
「だってお前、今の喋り方とか言いそうなこととか、メイそのものだからな。分かるさ、間違える訳ないだろ。けどそうだな、疑ってみてもいいな。証明できたほうがメイも安心だろうし。では質問する。殿下がご存知ない、メイと私の話……何があるかな」
そういって兄は少し斜め上に視線をやり、兄妹間の歴史に思いを巡らせた。
「そうだな……あれだ。私が16のとき、メイが4つのときだったな。ライリとの結婚に反対されて落ち込んでいた私を励まそうと、メイがしてくれたことがあるよな。覚えてるか? 昔すぎて忘れてしまったかな」
ドキリとした。
幼い頃のことだが、それはよく覚えている。ただひたすら強いと信じていた長兄の弱っている姿を見たショックと、励まそうと慣れないことをして失敗したからだ。
「覚えてるわ。お兄様の好きなハーブティーを淹れようとして、メイドの見よう見まねでやってみて、お湯をこぼしてしまったから。大騒ぎになってしまって……」
「ああ。あのときの手の火傷、跡に残らなくて本当に良かった」
そういって長兄はルー王子がテーブルの上で組んでいた左手の甲を見た。
「あのとき、心底思ったよ。こんなに小さな妹にまで心配をかけて、本当に駄目な男だなと。もっとしっかりしないと駄目だ。もっとしっかりして、父に認められて、ライリと結婚して、メイのことも一生守るってな」
「お兄様……」
知らなかった。
私はただ失敗して周りに怒られて、兄を励ますどころか余計に心配をかけてしまったと、苦い記憶だったのに。
兄にとっては、苦さと共に強い決意をした出来事だったのだ。
兄と見つめ合う私の隣で、ルー王子が『私』の姿で少しばつが悪そうに座っている。
私がルー王子の姿でレティシア妃に抱擁されているときに少しばつの悪さを覚えたことと、少し既視感を味わった。