兄からの手紙
長兄から「毎週末うちに泊まりに帰るのはもうやめてほしい。今週で最後にしてくれ」とルー王子に連絡があった。
例の噂が兄の耳にも入ったのだろうか。
そうでなくても、こう言われるのは当然だ。
兄たちも結婚したからだ。
私とルー王子の結婚後少しして、長兄も次兄も結婚した。
長兄のお相手は子供時代を過ごした領地の幼なじみの女性だ。身分差から最初は反対にあい、なかなか認められず、兄はそれでも彼女を選び、父の許しを得られるまで待った。
最終的に父が出した条件はいくつもあったようだが、その中に多分「妹が無事に王太子妃となること」もあったのだと思う。
私とルー王子の結婚後に、兄の結婚話もトントン拍子に進んだからだ。
「なら俺は邪魔だな。出て行く」と言って、次兄も急に結婚を決めたのには驚いた。
なんでも前々から仕事で付き合いのあった他領の伯爵に、「是非ともうちの1人娘と結婚してほしい」と再三口説かれていたらしい。
私と次兄が出て行った実家に、長兄のお嫁さんが引っ越して来る。
当然の流れだ。
その新婚夫婦のところに毎週泊まりに来る妹など、お邪魔虫で不穏の種となるのは当然だ。
「どうします、ルー王子。もうあの部屋のあのベッドで眠れないとなると、困りますね」
兄からの手紙を読み、ルー王子に嘆いた。
「毎週は無理として、月に一度……いや数ヶ月に一度くらいなら……」と言いかけて、ルー王子は頭を横に振った。
「いや、無理だ。妹が実家のあの寝室に固執する本当の理由を、公爵は知らないのだから。ちゃんと説明して、協力を仰ぐべき段階なのかもしれないな。ファリステイト公なら、私たちの言葉を信じて、味方になってくれるんじゃないだろうか」
兄に本当のことを話す?
「私たちが入れ替わっていることを? 人に話して、本気で信じてくれるでしょうか。いくら兄でも難しい気がします。変に打ち明けて、これまで必死で取り繕ってきたものが台無しになるのは避けたいです」
「君の言うことは勿論分かる。当然の懸念だ。しかしこのまま私たちだけでは先行きが見えない。頑張って二人でここまで来たが、この先へ行けない。もう行き詰まりだと感じている、だろう? 子供の件もあるし……」
王子の言うことも勿論よく分かる。
いつか戻れるはずだと、思いつく方法を試したが全て駄目だった。
レティシア妃のことを思いながらそれぞれのベッドで眠るというのも、半ば気休めの儀式と化している。
その気休めさえも今後できないと思うと絶望感な気持ちになる。
無駄だと知りながらも希望を持つことで、心の安寧をはかっていた。
私たちは、この身体では先には行けない。
王子から愛人を作ることを勧められた日、私は意を決した。
ルー王子と本物の夫婦になりたい、身も心も一つになりたいと。
そう伝えると王子は驚いたが、同様の気持ちだと教えてくれた。
口づけを交わし、暗い寝室で初めて素肌で触れ合った。王子は少し震えていて、指を這わせるとぞわわと鳥肌を立てた。
結果は駄目だった。
頑張ってはみたが、お互いやはり自分の姿では無理だ。自分の姿を客観してしまい、興奮どころか、いたたまれない気持ちになった。
「メイ、すまない……本来なら私がリードすべきであるのに、不甲斐なくて」
王子のほうが怖かっただろうに、申し訳なさそうに謝って、自信喪失した私の手をそっと握ってくれた。
「また日を置いて試してみても良いし、君の隣で寝られるだけで十分私は幸せだ」
ルー王子の寝顔を見つめながら、これからどうすべきか考えた。
ルー王子に女性として子供を産んでもらうというのはやはり過酷だ。
そのための行為もきっと私相手ではこの先も無理だろう。
ならば王子に勧められたように、私が他に愛人を作り、その女性に跡継ぎを産んでもらうのがベストなのか。
それが今の王子の、この安らかな寝顔を守ることに繋がるのなら……。
愛人に相応しい相手という言葉を耳にしたとき、浮かんだ顔があった。
ディルク卿に紹介された、研究職のグレータだ。本当かどうか知らないが、愛人で本望だと言っているとディルク卿に聞いた。
サバサバしていて話しやすく、感じの良い女性だった。
彼女なら割り切った愛人に相応しい?
いや、それは失礼な考えだ。ディルク卿が勝手に言っているだけかもしれないし、私の気持ちもグラグラしていて定まらない。
悩ましい。
何も考えず、ただこうしてルー王子と並んで寝られるのなら、私も幸せなのに。