愛人?
噂は大きく外れてはいない。
元々私たちの結婚は、王家がセルザム家との絆を強くしたいと願ったことによる政略結婚であるし、私の口煩さにルー王子が辟易していたこともある。
ルー王子が気を張った生活をしているのも本当だし、夜の営みをしていないのも事実だ。
そしてルー王子が子供を産む気がないことも。
女性の姿になって日が経ったとはいえ、ルー王子の心は男性だ。
その上、相手がルー王子自身の姿とくれば、無理に決まってる。
サミュ王子との結婚を回避して一安心していたが、本当の問題はその先だったのだ。
そのうち元の姿に戻れるはずだと甘く考えていた。
このままではルー王子に跡取りができない。
元の姿に戻れない限り、この問題はますます深刻になっていく。
今はまだ新婚で、まだかまだかと急かされる時期でないにしろ、いずれそうなる。
一刻も早く元の姿に戻らなくては。
気は焦るが忙しさに追われ、時間ばかりが過ぎていった。
最近とみにルー王子の元気がない。
何やら思い悩んでいるようだ。
今までは悩みがあればすぐに相談してきたのに、今回は言いづらいことのようだ。
折を見て、こちらから聞いてみた。
気を和ませるために、一緒にお酒を飲みながら。
「子供のことだ」とルー王子は思い切った様子で言った。
「もしこのままずっと元に戻れないままで、子供が作れないと駄目だよな。それは君も分かっていると思うが……。でな、すごく考えたんだ。どうすればいいのか。君は以前、オリアーナ嬢のような女性は苦手だが、他の女性なら好きになれるかもしれない、可能性はあると私に言ったよな。そのときは何てことを言い出すんだと思ったが、今はその可能性に活路を見出だすのも有りかもしれんと思う」
「どういう意味です? まどろっこしい言い方ですね」
本気で意味が分からずに尋ねたら、王子は拗ねたような顔をした。
「つまり、君にその気があるなら、愛人を作ってもいいということだ。跡継ぎを作るための」
「えっ!」と本気で驚いて、大きな声を出してしまった。
「本気で仰っているんです? 私に、他の女性と寝て子供を孕ませろと?」
「そっ、そんなはっきりと言うと身も蓋もないが、もし君がそうできるなら、そのほうがいいかもしれんと思ってな。このままでは私が悪者だ。王太子妃のくせにはなから子供を産む気がない悪妻だとか、おかしな性癖があって王太子に引かれているだとか、悪意のある詮索だらけだ。実の兄の公爵と通じているのではないかという噂まである。兄との禁断の愛を貫くため、王太子妃になったのは隠れ蓑だと。私はいいが、君が、メイがそんな風に噂で穢されるのは我慢ならない」
「だから私が愛人を作って子供を作れば、皆の関心はそちらへ向くということですね? とりあえず世継ぎはできてめでたいし、王太子妃はむしろ同情対象になりますもんね。ぽっと出の愛人に先を越された妻として」
「そうだな……そういうことだ。愛人の子は引き取って、養子にすればいい。私たちの子だ。最初からそれを了承して、後で揉めることがない女性が愛人に相応しい」
勝手に話を進める王子に慌てた。
「ちょっと待ってください、王子。私はまだそうしたいと言っていません。いきなり、さあでは女性を抱いてくださいと言われて、はいでは早速という訳にもいきません。心の準備が……いえ、そもそもそういう気になれるかどうか……」
これは深刻な問題だ。
果たして、本当に男性として、女性と性的な行為に及べるのか。
想像しがたい。
そしていま想像してみて、強烈に思ったことがある。
「ルー王子、笑わないでくださいね。乙女なことを言いますが、私、姿かたちはどうあれ、初めての相手は好きな人がいいです。ルー王子とがいいです。これは譲れません」
ルー王子の、『私』の真っ青な瞳が見開かれた。ほんのりとお酒に酔った頬がさらに紅く染まる。
「でも王子は嫌ですよね? さすがにこの姿では」
いくら真剣に迫っても、偽りのない言葉を紡いでも、この姿は偽りの王子なのだ。
いくら美形でも、自分に抱かれたいと思う男性はいないだろう。
逆も然りだ。




