仮面夫婦
ルー王子の妻が毎週末実家に帰っているというのは本当だ。
それぞれの『起点』でレティシア妃のことを思いながら就寝する、という方法を続けるために。
結婚したので、さすがに毎晩別々では体裁が悪いと週末だけそうしているが、それでもやはり悪い噂になっているらしい。
不仲を疑われないように、日頃から夫婦仲の良さはアピールしているのに。
いつ元に戻っても対応できるよう、お互いのことを全て把握しているし、離れているときには情報を記録したノートのやり取りも続けている。
交換日記に見えるらしく、侍女たちに「ラブラブですね」と冷やかされることもあった。
しかし勘がいい者は気づいているのかもしれない。
私と王子が仮面夫婦であることに。
私たちはお互いだけが知る大きな秘密を抱えていて、絶対的な協力関係にある『同士』だ。
助け合い、努力してこの立ち位置を築いてきた。
あの日「頑張る」と私に誓ったルー王子は、泣き言を言いながらも本当によく頑張ってくれた。
私に見捨てられたらサミュ王子と結婚しなくてはいけなくなる、というのが一番大きな理由だったろう。
諦めという鎧を脱ぎ捨てた、一生懸命な王子と接していると、昔を思い出した。
帰国したばかりの頃の、おっかなびっくり不安げで、それでも果敢だったルー王子を。
素直に私に頼り、素直に笑って落ち込んで、ありがとうメイと嬉しそうに言う。
今の見た目は『私』だが、私がしないような表情で破顔する、それがとても可愛いと思ってしまうのだ。
姿形は『私』でも、私にとってはまるで天使。
結婚式の日は特に可愛かった。
ウェディングドレスを着る主役を奪ってしまったと侘び、居心地悪そうにしていた。
そんなルー王子が愛しくて、元に戻ったらもう一度結婚式を挙げることを提案したら、うるうると瞳を潤わせていた。
誓いのキスのときには、相手が自分だということに躊躇はあったが、それでも相手がルー王子だということに胸が熱くなった。
そう、私たちは自他共に認めるおしどり夫婦のはず。
しかし本当の意味では夫婦ではない。
身体の関係がなく、どこまでもプラトニックだからだ。
心と身体の性別が不一致な私たちは、他の相手と結婚生活を送ることができないため、その大きな秘密を知る者同士で結婚した。
とりあえずの時間稼ぎはできた。元に戻るまでの。
正直、こんなに長く入れ替わりの状態が続くとは私も思っていなかったのだ。
例の方法を幾夜試みても、元には戻れなかった。
新たに文献を読み漁ると『愛を誓い合って口づけを交わす』という方法で奇跡を起こした例があった。
そこで私たちも結婚式で大々的に愛を誓い合ってキスをした。しかし結果はこの通り、変わらない。
「これは神から与えられた試練だ。私が国王の器に相応しい成長を遂げたら、元に戻れるはずだ」とルー王子は言っている。
それも半信半疑だが、ルー王子がそう信じることで心の励みにしているなら、私もそう信じる。
立派な王太子であるべく、私も精進した。
仕事ぶりは周囲にも認められている。
しかし「週末になると必ず妻が実家に泊まる」ため、実は不仲なのではないかと疑われている。
夜の営みの雰囲気が皆無であることも、使用人たちは察しているのかもしれない。
裏で噂を探ってみると、メイヴィスは「実家の権力を行使して王太子の妻の座に収まったが、愛されていない」形ばかりの王太子妃だと思われていた。
「しかしプライドが高いので、いつも王太子を監視している」
「行動記録も書かせているらしい」
「あれでは王太子も息が詰まる」
「セルザム家の面子を立てるため、夫婦仲の良いふりをしている」
「しかしどうやら夜の方は全くらしい」
「王太子妃は子供を産む気がない」
そんな噂がまことしやかに囁かれていたのだ。




