結婚式
国王に相応しい器になるため頑張る、とメイに誓った。
それからのメイの頑張りは圧巻だった。
そう、私が頑張ると宣言したからには、メイもだ。
ルーファス王子殿下としてあらゆる努力を惜しまず、様々なことを吸収し、それを私に教えて引き継いだ。
いつ元の身体に戻ってもすぐに対応できるように、と。
もちろん帰国してすぐに例の方法を試して、元に戻ることを期待したが、駄目だった。
母の「私が死なないと駄目ね」といった言葉を思い出したが、それは考えないことにした。
私たちが元に戻るために母の死が必要だと考えたくない。
しかし代わりに救いがほしかった。
だからこう思うことにした。これは神から与えられた試練だと。
メイの言う通り何もかもから逃げていた私が、王の器になるための試練だ。
これからの頑張りが神から認められたとき、元に戻れるに違いない。そう思うことにした。
メイも私を導くことで希望を見出したのかもしれない。
厳しく、ときに優しく、飴と鞭の上手な使い手となって私を成長させた。
嫌になること、めげそうになることは沢山あった。己の無能さに直面し、逃げ出したくなることも。
しかし受け止めて、乗り越えた。
メイのお陰だ。
「婚約破棄しますよ」という脅しも効き目があった。
メイが私と婚約破棄して王位をサミュに譲ると、私はサミュと結婚しなくてはいけない。
それだけは勘弁だ。
サミュのことは嫌いではないし、良い男だと認めるが、弟と夫婦の真似事など想像するだけで鳥肌が立つ。
もし元に戻れたとしても、そのときは本物のメイがサミュの妻となる。それも嫌だ。
だったら、頑張るしかなかった。
私以上に頑張っているメイに応えるためにも。
メイが期待してくれている、そのことが最も励みになった。
「さすがメイヴィス様」と他の者に褒められたり感心されることも嬉しかった。
王子だったときもチヤホヤしてくれる者は周りにいたが、努力せずに得られるものと努力して得られるものとでは、こんなに重みが違うのかと知った。
元々メイは優秀で努力家で評価が高い。
私に替わってからそれを損なうわけにはいかないという責任感も大きな支えとなった。
王太子の優秀な婚約者としての面子を保ち、メイとの二人三脚での婚約期間は無事に終えた。
順風満帆に進行し、とうとう結婚の日を迎えた。元々決まっていた日取りだ。
正直、この日を迎えるまでには元の姿に戻れるだろうと甘く見積もっていた。
メイとそれぞれ、毎晩レティシア妃のことを思い出しながら眠りにつくことも続けている。
しかしもうあれから8ヶ月だ。
毎朝目覚めても何ら変化なく、偽りの公爵令嬢として生きる日々。
時おり牙を剝いて襲ってくる絶望感と閉塞感に心底打ちのめされるが、そんなときそっと手を握ってくれるメイの強さと優しさに救われる。
姿形は『私』だが、私にとっては女神だ。
「さすが私、美しいです」
純白のウェディングドレスに身を包んだ私を見て、メイはそう感想を述べた。
私も本当にそう思う。
しかし居心地の悪さを覚えて、目を伏せた。
「なんか申し訳ないな。ウェディングドレスに袖を通すのは、女性の一生の夢なんだろう。結婚式というものは華やかな新婦が主役であって、新郎は添えものだ。晴れの舞台で主役を奪ってしまって申し訳ない」
メイはくすりと笑った。
「ルー王子ったら、そんなことを気になさるんですね。ご心配なく、私も十分自分が主役だと思っていますので。人生の主役はみな自分です。どうですか、今日の私もめちゃくちゃ格好いいでしょう?」
婚礼衣装を見せびらかすように手を広げ、くるりと回ってみせるメイは上機嫌だ。
元に戻れぬままこの日を迎えてしまったことで、さすがのメイも落ち込んでいるのではないかと心配していた。
きっと落ち込んでいる。
しかし弱さや暗さを見せず、明るく気丈に振る舞って私を元気づけてくれる。
そんなメイを尊敬しているし、とても感謝している。愛しさが溢れてくる。
姿かたちはどうあれ、愛しい人と結婚式を挙げられる今日に感謝しよう。
「それにあれですよ、元に戻ったらもう一度結婚式を挙げましょう。2人だけで。それも楽しみです」
泣きそうになった。
元に戻っても私と夫婦を続けてくれる気があって、それを楽しみに思ってくれるなんて。
「うん、絶対にそうしよう。本物の君のウェディングドレス姿には敵わない。愛してるよ、メイ。ろくでもない私と結婚してくれて、本当にありがとう」