兄と弟
隣国への訪問を終えて帰路に就いた。
母の死が偽装であったことは父も知っていて、2人はグルだったのだ。
密葬をして世間にはまだ公表していない、という話は道理でと納得した。
「けど待てよ、セルザム家の兄たちは信じてるわけか? 嘘って知らないよな」
帰りの馬車の中、メイに尋ねた。
「そうですね。多分あれは演技ではなくて信じてると思います。兄たちはそんな器用なタイプではないので」
「そうか。では帰ったら話さなくてはな。息子を呼び寄せるための嘘だったと。呆れるだろうな」
「そんなことないですよ。それだけルー王子のことを心配されていたことに心打たれると思います。私も打たれましたし」
「君は意外と心が広いんだな。怒ってもいいところだぞ」
「意外とって何ですか。普通ですよ。普通嬉しいでしょう。生きてらして。ルー王子が心狭すぎなんですよ」
むっとしたがその通りだ。
「悲しんだ分、腹が立ったんだ。けど、それももうどうでも良くなった。気が抜けたな」
母への拘りやわだかまりが、積年と共に氷塊のようになっていたが、あの抱擁と涙によって溶解した。
いささか放心状態だ。
「ぼうっとしてらっしゃいますもんね。でも気を取り直して、お勉強タイムといきますか。宿に着くまでの間、先日の復習をしましょう。書き物はできませんから、質疑応答形式で」
「えっ、今からか。宿に着いてからでも」
「今からです。宿に着いたら食事されますよね。移動時間こそ有効利用ですよ!」
張り切るメイにげんなりするのはいつもの事だが、母の話を聞いた後では疑問に思えた。
「どうして君はそう熱心なんだ? 母に頼まれたからなら、もう気にしなくていい。もう放って置けと言われただろう。私よりサミュエルのほうが見込みがあると、本当は君も思っているんだろう?」
「えっ、何ですかその、急にいじけちゃって。レティシア妃に言われたことを、気になさってるんですか?」
「いや別にそういう訳じゃ…」
「大丈夫ですよ。レティシア妃がどう仰ろうと、私がルー王子に色々お教えしたい気持ちは変わりません。だってルー王子は『私』ですし、私はルー王子ですから。放って置くなんてできる訳ないじゃないですか」
それは全くもって正論だった。
しかしメイに言わねばならないことがある。
メイに教えると私には不利益しかないが、知っているのに黙ったままでいるというのは卑怯だろう。隠していることになる。
迷ったが、宿に着いてから打ち明けた。
母から聞いた、メイの婚約相手は私に限定されていないという話。
セルザム家の令嬢は、次期国王の妻となる。
それが我が父、国王陛下とメイの父親である先の公爵が結んだ取り決めだった。
私とメイの婚約が破棄しかけたとき、メイの次の婚約者候補として確かにサミュエルが挙げられた。
セルザム家の令嬢と結婚する者は、次期国王と決まっている。私かサミュ、メイと結婚する方が国王となる。
それだけセルザム家の力が大きいという証拠だ。
「だからね、あなたが王位を辞退するのは構わないけれど、そうしたらメイも手放すことになるわ。それを知っておいて頂戴」と母は言った。
だからどうしろとは言わなかった。
だったらどうしたいか、自分でよく考えろと言った。
王位に執着はない。優秀な弟にくれてやって構わないと本気で思っていた。
しかし王位を譲ると同時に婚約者も譲ることになると知って動揺した。
メイを手放すのが惜しい?
婚約破棄をしかけた側のくせに、腹違いの弟に取られると思ったらやけに悔しい。
王位は惜しくないのに。
メイがサミュと親しくしている姿を想像するだけで胸がモヤモヤして苦しい。
サミュは優等生だが、私のほうが綺麗な金髪だし背も高いし、雰囲気が明るいだろと張り合いたくなる。
それに何しろ思い出の質量が全然違う。
メイはサミュのことをよく知らないし、サミュだってそうだ。
私とメイは10歳で婚約して、ずっと仲良しではないにしろ、それでも6年分の絆がある。今もこうしてすぐそばで一緒に旅をしているのだから。
弟の婚約者になるなんて、絶対に容認しがたい。
だからあのとき『ルーファス王子殿下』からの謝罪を受け入れて、婚約を継続させたのだ。




